「2人は、幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」
…本当に、そうでしょうか?
今宵、その先を語りましょう。
これは「めでたし、めでたし」から始まる、ほろ苦いラブ・ストーリー。
▶前回:だらしない体の夫を、男として見れない…。嫌気が差した妻が、ベッドの中でこっそりしていたコトは
Episode9:浮気された元カレと、10年後に再会した女
「記念日に、乾杯」
ある金曜の夜、21時。恋人の良太と、解禁したばかりのボージョレ・ヌーヴォを開ける。
「わぁ、美味しい…!ありがとう良太」
「ううん、こちらこそ。文乃、俺と一緒にいてくれてありがとね」
私と良太は、今年で32歳になる。
共通の友人を介して知り合った私たちは、今日で交際1年目を迎えた。今は週のほとんどを、彼が住む南青山のマンションで過ごしている。
「文乃、愛してる」
そう言って良太は、優しいキスを落としてくる。そしてそのまま、私たちはベッドになだれ込んだ。
「私も。良太の目が好き…」
「目、か…」
長い睫毛にキリッとした目。大人の色気が漂う彼の瞳に、いつも吸い込まれそうになる。でもそれと同時に、私は“あること”を思い浮かべてしまうのだ。
― やっぱり、良太は翔平に似てるなあ。
それは大学時代、同じテニスサークルに所属していた恋人のことだった。良太の目は、彼にそっくりなのだ。
翔平は私の初恋相手で、初めての彼氏だった。彼とは結婚するつもりでいたけれど…。浮気をされて、たった2年で別れたのだ。
私はショックのあまり、衝動的に別れを告げて連絡先も消した。でも翔平以上に好きになれる人は現れず、彼に似た人ばかりと付き合ってきたのである。
― 別れて10年も経つのに、翔平を忘れられないなんて…。
浮気をするようなダメ男の翔平とは違い、良太はすごく優しい。だから時々、私はどうしようもない罪悪感に苛まれる。
深夜にふと目が覚めた私は、ぐっすり眠っている良太の横でスマホを開いた。
…すると、思わぬメッセージが目に飛び込んできたのだ。
元カレとの再会
テニスサークル38期生『来月、同窓会を開催します!新宿に全員集合~!』
それはFacebookのメッセンジャーに届いた、テニスサークルの同窓会の案内だった。…この会に参加することは、翔平との再会を意味していた。
◆
「文乃~!こっちこっち」
「うわあ、久しぶり!佳奈の結婚式以来だから、1年ぶりだね~」
1ヶ月後。
私は大学時代の友人・佳奈と、同窓会の会場であるキンプトン新宿東京の『ディストリクト ブラッスリー・バー・ラウンジ』に向かっていた。
彼女と一緒に店内へ入ると、すでに何人かのサークルメンバーが飲み始めている。
さっそく懐かしい話に花を咲かせながら、あたりを見回したが…。翔平の姿は、ない。
ホッとしたような、悲しいような。複雑な気持ちでワインを口に運んだ、そのときだった。
「…うわ」
佳奈が入り口に目を向け、絶句している。
「おっ、佳奈と文乃じゃん!久しぶり」
私たちの姿を見つけ、子どものように無邪気な笑顔で手を振っている1人の男性。…それは、翔平だった。
◆
「文乃、相変わらず綺麗だな。元気そうでなにより」
30分後。気づくと右の席に翔平がいた。ダメだとわかっていても、胸が高鳴る。
奥の方の席で、佳奈が両手でバツを作って何かを訴えかけていたけれど、お酒が入っていた私は気にせず彼とグラスを合わせた。
「…翔平も、元気そうでよかった」
「てか文乃さ、連絡先変えた?」
「別れた後、翔平の連絡先は全部消したよ…?」
すると彼は私のスマホをひょいっと取り上げ、自分の電話番号を入力し始めたのだ。
「えっ!?何してるの」
「はい、入れといた。…今日、文乃に会えるんじゃないかと思って来たんだ」
頬を赤らめながら、そう言う翔平。そしてゾクッとするほど甘い声で、こんな言葉を口にしたのだ。
「今から2人で抜けない?」
ドクンと心臓が大きく音を立てる。腕時計に目をやると、時刻は22時。脳裏に良太の顔がチラついた。
― ど、どうしよう。
翔平の目を見つめ、うなずきかけた。…そのときだった。
「文乃、助けて~。ちょっとトイレ…」
突然、千鳥足状態の佳奈が私に近づいてきたのだ。彼女は私の肩に手をかけると、そのまま私をトイレの個室に引きずり込んだ。
「え、ちょっと佳奈…。飲みすぎじゃない?大丈夫?」
「…こっちのセリフ!」
彼女は先ほどまでの様子が嘘のように、しっかりとした足取りで私の前に仁王立ちした。
「何してんの!?また傷つきたいの?」
「…えっ」
驚く私の前に、佳奈はグッと身を乗り出して語りかけてくる。
「今は良太さんがいるし、安心してたけど。今日の様子見てたら、まだ翔平のこと忘れてないんだね」
「そんなことないって…」
「平気で別の女と遊んで、朝帰りするような男だよ?恋は盲目!文乃、目を覚まして」
佳奈が私の目をジッと見つめてくる。そのとき扉の向こうから、同級生の声が聞こえてきた。
「ありえないよね、翔平。私が既婚者って知ってて誘ってくるなんて」
「あー、被害者多いらしいよ。在学中もテニサーの子、かたっぱしから手出してたって噂」
「うわあ、マジか。カッコいいから騙される子も多いだろうね」
その後。私を呼び止めようとする翔平を振り払い、佳奈は私を無理やりタクシーに詰め込んでこう言った。
「実は、私も被害者だったんだ。大学2年のときに、翔平からホテルに誘われて。遊ばれてただけだったけどね。
だから文乃が『翔平と付き合う』って言ったとき、全力で止めようと思ったんだけど…。それもなんか違うなって思って」
「…そうだったんだ」
「でもさ。もし今、文乃が『翔平と関係を持つ』って言ったら、友達として全力で止めなきゃって思ってたの。だから今日は止められて良かった。…文乃、良太さんと幸せになるんだよ!」
そう言って佳奈は、私をギュッと抱きしめてきたのだった。
◆
良太『同窓会どうだった?無事、帰れそう?』
佳奈と別れた後、タクシーの中でスマホを開く。1時間前に、良太からLINEが届いていた。彼には「今日は自分のマンションに帰る」と伝えていたのだ。でも…。
「…すみません!Uターンしてもらえますか?」
そして私は衝動的に、電話をかけていた。
「もしもし、今すぐ会いたいの」
「…どうしたの、急に」
「ごめん、どうしても会いたくなって」
私はタクシーを降りると、彼の元へと向かった。
「帰ったんじゃなかったの?」
「あぁ、佳奈に無理やりタクシーに押し込められちゃってさ」
駅近くにあるホテルの一室。翔平の胸に顔をうずめたまま、私は幸せを噛みしめていた。先ほどからスマホが鳴り続けている。おそらく良太からだろう。
「電話大丈夫?俺はあと1時間くらいで出るけど、文乃はどうする?」
「…えっ?」
「さすがに25時までには帰らないと。嫁がうるさいからさ」
「翔平、結婚してるの…?」
「え、知らなかったの?それわかって誘ってきたんだと思ってたわ。ほら、指輪」
私はパンツの右ポケットから出てきた結婚指輪を見つめながら、目の前が真っ暗になるのを感じていた。
▶前回:だらしない体の夫を、男として見れない…。嫌気が差した妻が、ベッドの中でこっそりしていたコトは
▶1話目はこちら:絶対に家へ招いてくれない彼。不審に思った女が、自宅に突撃した結果…
▶NEXT:12月13日 火曜更新予定
「せっかくプロポーズされて喜んでいたのに…」幸せの絶頂にいたはずの女が、一瞬で絶望したワケ
「すみません、Uターンしてもらえますか…!」タクシー乗車中の女が焦った声で叫んだ、驚きの理由
2022年12月6日