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「赤ずきん」の野心的な再解釈。恐ろしくも艶めかしい「大人のための残酷童話」

キネマ旬報WEB

グリム童話「赤ずきん」をモチーフにした『狼の血族』
鬼才ニール・ジョーダン監督のカルト恐怖映画『狼の血族』

アイルランド出身で、ハリウッドでも大きな成功を収めたニール・ジョーダンは、『モナリザ』(1986年)、『クライング・ゲーム』(1992年)、『マイケル・コリンズ』(1996年)、『ことの終わり』(1999年)、『プルートで朝食を』(2005年)、『ブレイブ ワン』(2007年)などの良作を世に送り出してきたフィルムメーカーだ。その一方で、アン・ライスのベストセラー小説の映画化『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994年)で絶賛を博したジョーダン監督は、『ブッチャー・ボーイ』(1998年)、『IN DREAMS/殺意の森』(1998年)、『ビザンチウム』(2012年)、『グレタ GRETA』(2018年)といったホラー、ダーク・ファンタジー、サイコ・スリラーに分類されるべき作品も発表している。一般的には優れたストーリーテラーというイメージで語られることが多いジョーダンが、これほどまでに数多くの暗い魅惑を湛えた特異な映画を手掛けてきたことに、今さらながら驚かされる。

そんなジョーダン監督のフィルモグラフィーにおいて、カルト的な支持を得ている恐怖映画が長編2作目の『狼の血族』(1984年)である。周知の通り、1980年代は特殊メイクなどのSFXが飛躍的に発達した時代だった。ハリウッドでは『ハウリング』(1981年)、『狼男アメリカン』(1981年)という狼男ホラーが相次いで作られ、それぞれロブ・ボッティン、リック・ベイカーが特殊メイクを担当した人狼の変身シーンが大きな反響を呼んだ。人間の頭部、背中、腕や足などがグロテスクに歪み、おぞましい獣へと変貌していくプロセスを生々しい実体感とともにビジュアル化したこの2作品は、特殊メイクの視覚的な威力の凄まじさを世界中に知らしめ、人間の身体が別の何かに変容していく「ボディ・ホラー」というサブジャンルが隆盛する先駆けとなった。

【映画サイト「スカパー!映画の空」とのコラボ記事】

結婚式の出席者が、いつしか狼の姿に変わり…驚愕シーンが満載

その点において、デヴィッド・リンチ監督作品『エレファント・マン』(1980年)のクリストファー・タッカーが特殊メイクを務めた『狼の血族』にも、少なくとも3つの強烈な変身シーンの見せ場が盛り込まれている。しかし、本作が前述したようにカルト化した理由は違うところにある。シャルル・ペローやグリム兄弟の童話集でおなじみの「赤ずきん」をモチーフとして、表向きはほのぼのとしたおとぎ話に隠されている不穏な隠喩や裏テーマをあぶり出したファンタジー・ホラーなのである。

多感な少女の、潜在的な恐怖や欲望を投影した幻想的な世界

主人公のロザリーンは多感な少女。映画は現代を生きる彼女が、とある洋館の寝室で悪夢にうなされているシーンから始まる。夢の中でのロザリーンは19世紀らしき田舎の貧しい農家の娘で、鬱蒼とした森に囲まれた村に住んでいる。彼女の意地悪な姉が狼の群れに食い殺される事件を皮切りに、狼男にまつわるいくつかのエピソードがアンソロジー風の入れ子構造で語られていく。

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まず目を奪われるのは、屋外ロケではなく、英シェパートン・スタジオのセットで撮影された「森」の世界観だ。太陽が一切映らず、不気味な霧が立ちこめるその森は、狼のみならずヘビ、カエル、フクロウなどが棲息し、あちこちに巨大な植物が生えている。こうした人工的なデフォルメが施された森が醸し出すゴシック調の怪奇幻想ムードが、まさしく「悪夢のような」感覚を観る者にもたらす。

スタジオ内に作られたゴシック調の“森”が圧巻

さらに、上記の「悪夢のような」テイストは、洋館で眠り続けるロザリーンの不安定な深層心理と色濃く結びついている。「左右の眉毛がつながった男は狼かもしれない」「決して森の道を外れてはならない」。森の奥の一軒家で暮らすおばあちゃんからそうした警告を受けながらも、夢の中の好奇心旺盛なロザリーンは幾度となく奔放な冒険を重ねていく。そしてクライマックスとなる最終話では、ついに人間に成りすました狼と遭遇し、獰猛な獣の誘惑にさらされることになる。すべては思春期まっただ中のロザリーンの潜在的な恐怖や欲望を投影したものだ。

ロザリーンに警告し続ける祖母役を名優アンジェラ・ランズベリーが演じている

また、フェミストでもあった英国人作家アンジェラ・カーターの短編小説を原作とし、カーターが共同脚本に携わった本作には、ジェンダー的な視点も取り入れられている。ジョーダン監督とカーターは、狼男を「女性を捕食する怪物」として表現した半面、ロザリーンを単なるか弱いヒロインとしては描いていない。少女の性の目覚めというセクシュアルなテーマを探求しながら、自らの意志で危険な状況に身を投じていく彼女の危うい運命をスリリングに映像化した。それゆえにロザリーンがまとうショールや口紅などに配された「血のような赤」が、本作のテーマを暗示するシンボリック・カラーとしてひときわ鮮烈なインパクトを放つ。

スリリングな冒険を通して大人になっていくロザリーンから目が離せない

ロザリーン役の新人女優サラ・パターソンは撮影時12歳だったが、劇中ではしばしば年齢以上に大人びた表情を垣間見せ、無邪気な少女の「変容」を見事に体現した。アンジェラ・ランズベリー、デヴィッド・ワーナー、スティーヴン・レイ、テレンス・スタンプといった脇を固める英国人キャストの豪華さも特筆もの。かくしてジョーダン監督が「赤ずきん」の野心的な再解釈を試みたこの映画は、恐ろしくも艶めかしい「大人のための残酷童話」として完成したのだ。

文=高橋諭治(映画サイト「スカパー!映画の空」より転載)

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