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【小説】「わたしはこの人に会うために、此処に来たのだった」

幻冬舎ゴールドライフオンライン

二人の出会いは、和歌山県・白崎海岸。短歌を愛し、三十一文字を心で追いながら海沿いの道を歩く美子(みこ)の目に、一心不乱に絵を描く青年、博(ひろし)の姿が映る。美子が22歳になったばかりの晩夏のことだった。歌と絵に結ばれた二人であったが、美子には辛い未来が待ち構えていた――。※本記事は、橋本みい子氏の小説『片羽の鳥』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

海の絵

それは「いま、白昼夢の真中にいるのだよ……」と、脳の奥の方で誰かが言っているような気がしたからであった。

「暑かったのでしょう……」と再び、声をかけてくれた、その人の顔を見上げた時、美子は、ぼんやりとした意識の中で、夢の中から抜け出しているような、言葉では表現できないような違和感を持った。

「日傘が芝生の上にありましたよ……」と、言いながら、その人は日傘を拾い上げて陽射しを遮ってくれた。

その日傘に守られる自分の姿を意識しながら、美子は「いままで途切れていた記憶が……、そして、意識も正常な状態に戻っているような……」と感じながら、すぐに、「この方、あの日の彼だ……」と、声にならない声で自分に念を押した。

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その後、美子は、ふと思い付き、「あ、お茶が……」と、言いながらハンカチに包んだぺットボトルの方を指さした。「良かった。お茶があったんだ……」と彼はほっとしたように言って、その包みを引き寄せペットボトルのお茶のキャップを外して手渡してくれた。

「ありがとう……」と言いながら、美子は、「そうだった。わたしはこの人の描いてる絵を見るために、この人に会うために、電車とバスに乗って此処に来たのだった。そう、此処は、あの日に来た白崎海岸だ」という確信を持った。

その後、「よかったら、もう一本ありますから、どうぞお飲みになって下さい……」と、言いながら美子は心の中で、「やはり二本買って来たのが正解だった」と自己肯定していた。

この街に

美子の田舎では見ることの出来ない幅の広い、ゆったりとした大きな川のほとりの広場に爽やかな風が吹き渡っている五月の初め。

「遠くの山が幾つも連なって霞がかかったように、ぼんやりと見える。わたしの故郷はあのずっと向こうの山の麓にある。其処を離れてから半年あまりが過ぎようとしているけど、母さんたちは元気にしているかしら……。でも、わたしが田舎の家を離れることには、賛成してくれた……」と思いながら、美子は広場の左端の方に立って遠くの山を見ていた。

幼い子供を乳母車に乗せて、会釈して通り過ぎる若い女性に会釈を返した後、美子は、川の方に視線を移した。

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