「もう先生のおかげで、こんなにムクミも取れて。あんなにシンドかったのが。万波先生のおかげです。ありがとうございます」
黒澤明監督の「赤ひげ」の一場面に迷い込んだようである。患者さんはみな、万波医師を拝み倒している。おそらく万波医師はこの時、記者に患者の様子を見てもらえば説明不要、自分の治療にやましいところがないと証明できる自信があったのだろう。
自宅にも伺ったが、お世辞にも医師が暮らす豪邸とはいえず、「もし臓器売買に手を染め、高齢者を騙していたら、もうちょっと立派な家に住めるだろう」と思うような佇まい。物置のトタン屋根には穴が空いていて、庭には薪が転がり、愛犬の柴犬がいた。
後日、患者の了承を得て、万波医師ら4人の泌尿器科医による「瀬戸内グループ」が執り行う腎移植手術の立ち会い取材をした。腎臓を切り出すドナーと腎臓を受け取るレシピエントが、並んで眠っている。手塚治虫の漫画「ブラックジャック」で見たことのある光景だ。
手術が始まると、豹変した。とにかくメス裁きが正確で速かった。細い血管の狙ったところをスパッと切っていくから出血量が少なく、術野が血で汚れない。メスはサクサクと体の深部まで進んでいき、あっという間に豆の形をした腎臓が切り出された。取材当時の2000年代、日本で最も手術がうまい医師は誰かと問われたら、のちに天皇陛下の執刀医となる心臓血管外科の天野篤医師と、この万波医師を挙げただろう。
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動脈、静脈の切り口が綺麗なので、その後、臓器提供患者から切り出された腎臓を移植する際の血管縫合も難なく行われる。万波医師を批判していた移植外科学会の医師たちの手術は血管の切り口がぐちゃぐちゃで、患者の体内はナポリタンの食べ残しのようだったが。
2人の患者を執刀したにもかかわらず、移植手術はわずか3時間で終わった。驚愕の速さだ。この手術を見て確信した。万波バッシングは、手術が下手な大学教授の妬みによるものだと。
(那須優子/医療ジャーナリスト)