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1回目のデートで、年収5,000万円の男の心を掴んだ女。レストランで彼女が発した言葉とは

東京カレンダー

「海外で、挑戦したい」

日本にいる富裕層が、一度は考えることだろう。

そのなかでも憧れる人が多いのは、自由の街・ニューヨーク。

全米でも1位2位を争うほど物価の高い街だが、世界中から夢を持った志の高い人々が集まってくる。

エネルギー溢れるニューヨークにやってきた日本人の、さらなる“上”を目指すがゆえの挫折と、その先のストーリーとは?

現状に満足せず、チャレンジする人の前には必ず道が拓けるのだ―。


◆これまでのあらすじ

ニューヨークの投資銀行に転籍した長田雅也。仕事も私生活もうまくいかずに落ち込んでいる時、カフェである女性と出会い…。

▶前回:海外移住で年収5,000万超になった外銀男子30歳。だが、厳しい現実に直面し…



Vol.2 バイリンガルのアイデンティティー
雅也(32歳)大手投資銀行勤務


「ここ、座ってもいいですか?」

英語で日本人女性をバカにしていた男性たちを一蹴した後、彼女は僕のテーブルにやってきた。

「もちろん。さっきはカッコ良かったです。でも気をつけてください、逆上されたら危ないですよ」

僕の意見など気にも留めないように、彼女が微笑んだ。

「ありがとうございます。でも大丈夫、私鼻が効くんです。職業柄か、人に危害を加えそうな人はなんとなくわかるんです」

「あ、弁護士さんでしたっけ?」

彼女は、ふふっと鼻の付け根に皺を寄せて笑った。

「と言っても、弁護士資格があるのは日本だけで、ニューヨーク州のはこれからですけどね」

そう話しながら彼女はスマホを確認すると「うわ、ミーティングが早朝に変更になってる」と呟いた。

「もう帰らなきゃ」

「送りましょうか?もう遅いですし…」

「いえ、家すぐそこなので」

そう言うと「では」と帰ってしまった。

嵐のように彼女が去った後、僕は連絡先どころか名前すら聞いていないことに気がついた。

― 素敵な人だったな。連絡先くらい聞けば良かったな。でも日本から来ているようだったし…。

この辺りでは、ローファームや企業からニューヨーク州の資格を取るため1、2年ほど留学し、その後日本に戻っていく弁護士をよく見かける。

連絡先を聞いたところでいずれ切れてしまう縁だろうと、今日の出来事を心の奥へとしまい込んだ。


それから2ヶ月ほどが経ったある日。

職場近くのFulton St駅で彼女とバッタリ再会した。

「あれ、この間の…」

彼女の方から声をかけてくれ、僕らは同じ地下鉄に乗って少し話をした。



彼女の名前は玲奈(レイナ)。日本の大手弁護士事務所からこちらに来ているという。

そして降り際に名刺を交換した。

「連絡しますね。一度ご飯でも」

社交辞令かと思ったその言葉は本心だったようで、その日のうちにテキストが来た。

「ご飯、いつにしましょうか?」

回りくどいことが嫌いそうなその文面に、好感が持てる。

そうしてサクッとご飯の約束を取り付けた僕は、柄にもなく久しぶりにドキドキした。

だがその週、仕事で失敗が続いた。

進めていた案件から、大口顧客が立て続けに手を引いてしまったのだ。

不況や時代の流れから、経営再建によるリストラが囁かれている中での痛手。

今はいかに成果を出し続け、成績の高さをアピールできるかが、この苦しい局面を乗り越えられるかの勝負だったのに。

これまでもパフォーマンスの低さから、首を切られた人を何人も見てきた。

特に海外から来ていた人はビザや物価の問題もあり、不況で新しい働き口が見つからずに自国に帰っていった人もいた。

後、彼女は僕のテーブルにやってきた。

グリーンカード申請中の自分も、いつ同じ状況下に置かれるかと、一抹の不安を覚える。



そうして迎えた土曜日。

僕は彼女の研修先からそう遠くない『Sea Fire Grill』を予約した。

モダンな内装と青いライトが調和した先鋭的な空間。玲奈は目を輝かせた。

「わぁ素敵!」

彼女のテンションに合わせようと笑顔を作るが、何かを察したのかじっと僕の目を見つめた。

大きな黒い瞳でまっすぐに見られ、僕は思わずその力強さに目線を逸らす。

玲奈は気にすることなく、運ばれてきたホタテの前菜を食べながら、自分のことを色々と話してくれた。

彼女の明るい雰囲気に、僕の心が少しずつほぐれてきた。



「玲奈さんは、どうしてこちらに?」

「日本でM&Aなどの企業案件を扱っていたので、アメリカの資格を取りたくて。それでまずはニューヨーク州の資格取得のために来たんですけど…」

TUNA TARTAREを食べていた手を止めると、彼女は少し考えながら言った。

「実は…今迷ってるんです。もっとこっちで経験を積みたい気持ちが膨らんで」

そう話す彼女は、すでに何かを決意しているような強い眼差しをしていた。

「雅也さんは元々こっちで育ったんでしたっけ?」

「はい、でも居たのは9年ほどかな。9歳からの2年間と高校から大学まで。あ、9歳の壁って知ってます?」

僕はお酒の力のおかげか、饒舌になった。

「9歳の頃にどこに自分がいたかで、その人のアイデンティティーが決まるって言われているんです」

「へえ。じゃあ雅也さんのアイデンティティーはアメリカ?」

「んー…僕の場合は中途半端だったからか、アメリカでも日本でもしっくりこなくて。今も自分が何者なんだか…」

僕は言葉を濁す。初めてのデートでする話じゃなかったな、とすぐに話題を変えた。


メインを終え、デザートが運ばれて来た。

「んー甘い!でも美味しい!」

彼女は嬉しそうに笑顔を見せる。

そして急にパッと僕の顔を見た。

「私、甘いものが大好きなんですけど、アメリカで一番好きなものがあって。それがPBJサンドなんです」

「あのピーナッツバターとジャムのサンドイッチ?」



懐かしいな、と昔小学校の頃に食べた記憶を辿った。

「そう!私トーストは断然バター派で、ピーナッツバターもジャムもそれほど好きではなかったんです。でもこっちで初めてそれを食べた時に、美味しい!ってびっくりして」

目を丸くして大げさな顔をする彼女に、僕は笑ってしまった。

「確かに、こっちの子どもは大好きですよね」

「それは私が子ども舌ってことですか?」

玲奈はわざと眉をひそめた後笑った。

「でも本当に美味しくて。二つ合わさることによってできる、新しい価値ってありますよね」

そこでようやく僕は、玲奈が言わんとしていることに気がついた。

僕の先ほどの言葉をずっと気にかけてくれていたのだ。

― 日本人でもアメリカ人でもない新しい“自分”。

彼女のそんな言葉で、ふっと肩が軽くなったような気がした。

― 確かに、アメリカ人か日本人か、こだわっていたのは自分だったのかもな…。

うまく馴染めないせいで、無意識に自分が感じていたアイデンティティーコンプレックス。

日本でもアメリカでも居場所がなかった僕は、何かがうまくいかない時に、どこかでそれを理由に逃げていたのだ。

食事を終え玲奈と別れた後、ビルの隙間から見える夜空を見上げ、僕は自分ともう一度しっかり向き合ってみよう、と決意した。





次の日。

何となく眠れなかった僕は、朝の5時前に出社した。するとそこには、僕が苦手としていた、最近昇進した同僚が来ていた。

「早いね、いつもこんなに早く来てるの?」

「ああ、俺が勝負できるのは体力ぐらいだから」

コミュニケーション能力が高く頭の回転も速い彼は、社内政治がうまく、昔僕をいじめていた奴にどこか似ていた。

要領よく生きるその姿が羨ましくて、これまであまり好きではなかった。

だが彼は、裏で人知れず努力をしていたのだ。

それから少し2人で話をした。苦手に思っていたのは自分の勝手な思い込みで、話してみると聡明で思慮深く、いい奴で気も合った。

― そうだ、ここは戦場なんだ。それぞれのやり方で、みんな必死に食らいつくために努力をしている。

その日から、僕は色々な人と積極的にコミュニケーションを取るようになった。

するとこれまで感じていた“生きにくさ”が徐々に解消され、仕事もだんだんうまくいくようになった。

上司からも「最近パフォーマンスが上がってるな」と初めて褒められた。

この先また、つまずくこともあるだろう。

その時は懐かしいPBJサンドを食べて一息つこうと、ビルから見えるニューヨークの街並みを見ながら、ぼんやりと思った。


▶前回:海外移住で年収5,000万超になった外銀男子30歳。だが、厳しい現実に直面し…

▶︎NEXT: 12月11日 日曜更新予定
弁護士・玲奈の初めての挫折とは?


 
   

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