
舞台は北海道・根釧原野。時代の流れとともに酪農が拡大し、人間たちのみかけの暮らしがよくなった一方で、シマフクロウとサケの母なる川・ニシベツ川は汚染されてしまった。この現実を目の当たりにしたニシベツ実業高校・酪農科と水産科の生徒たちは、互いに意見をぶつけ合いながら、問題解決に向けて奮闘する。実際の調査をもとに描かれた、地域社会の未来を切り開こうとする若者たちの成長物語。※本記事は、草野謙次郎氏の小説『ニシベツ伝記』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
二.ふ化場実習
三里と原田、川北と安達が、網場で鳥類標識調査をしていた朝、すぐ北隣のサケふ化実習場では、大騒ぎが起きていた。
「おい! 稚魚が死んでるぞ!」
水産科三年で水産クラブ副会長の川原は、目の前の惨状にうろたえた。昨日まで元気に養魚槽を遊泳していた稚魚たちが、今朝は、生気なく水面に浮かんでいた。
「……」
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同じく水産科四年で水産クラブ会長の大河は、声にならない声でうめいた。顔は怒気を帯びている。
「とっ、とにかく、橋本先生と井畑先生を呼ぶべ!」
水産科三年で水産クラブ書記の出丸は、表面だけは落ち着いた様子を見せながらも、スマホを操作する手は震えていた。
「どうした! 何が起きた!」
出丸から呼び出された水産科教員の橋本は、養魚槽の惨状を見て、すべてを理解した。
「原因究明の生理解剖だ! 死んだ稚魚をサンプリングしろ!」