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障がい者に牙を剥く社会の現実…多くの壁を乗り越えた末の教訓とは

幻冬舎ゴールドライフオンライン

車椅子店長としてひたむきに働いた日々、心躍る電動車椅子サッカーの普及活動……。脳性麻痺を患う著者が半生を振り返りながら力強い筆致で綴る、前向きな人生の過ごし方。※本記事は、小倉健睦氏の書籍『私もみんなの役に立ちたい』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

【前回の記事を読む】よくある疑問「勉強して何になるの?」脳性麻痺というハンディを抱えた著者の答え


第2章 将来の不安─ハンディのある者の限定された進路─

【障がい者に牙を剥く社会の現実】

資格を取得して自信がついた私は、もっと実力を磨きたいと思い大学進学を考えました。当時、大学に通学することが難しかった私は、商業系の学科で通信教育課程がある大学を探しました。候補が少ないながらも見つかったのがN大学の経済学部です。

幸い高校のときの成績も良かったため学校から推薦をいただき入学できるというお話でした。

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「体が不自由でも資格を取得して、ハンディを補いながら仕事に就きたい。公認会計士を目指すぞ!」

そんな夢を描いていました。

早速、校長先生に推薦状を書いていただき、大学側と入学に向けて交渉しました。しかし、結果は厳しいものでした。取得しなければいけない単位に体育科目があるため、体育のできないあなたは受け入れることができません、というもの。

体の不自由な私に体育の単位を強要するのは不合理だと、代わりになるものの単位取得を交渉しましたが、交渉は実らず結局大学進学は諦めることに……。

いまは、障がい者の大学進学に対する門戸は徐々に開かれていますが、私の時代はこれが現実でした。大学側に受け入れ体制がないのなら、それをはっきり伝えてほしかったです。そのほうが諦めもついたと思います。学びたいのに学べない。多くの友だちに囲まれ楽しもうと思っていた大学生活も叶いませんでした。

ショックを受けながらも私は新たな道を模索していきました。進学の道を諦めざるを得なくなったので、三重県職員の採用試験を受験しました。しかし、もう採用者は決まっていたという噂もあり、私は試験に落ちてしまいました。これってよくある「コネ」っていうやつなのかな? と疑いたくなりました。

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