「女の敵は女」
よく言われる言葉ではあるが、これは正しくもあり間違ってもいる。
女同士の友情は感情が共鳴したときに仲が深くなり、逆に感情が衝突すると亀裂が生じ、愛情が憎しみへと変化する。
この亀裂をうまく修復できなったとき、友人は敵となる。
だが、うまく修復できればふたりの仲はより深いものになる。
ここに、性格が正反対のふたり女がいる。
ひょんなことから東京のど真ん中・恵比寿で、同居を始めたことで、ふたりの運命が回りだす…。
◆これまでのあらすじ
テレビ局勤務の諒子は、大学時代の同級生・マリと再会し同居中。プロ野球選手の夫と正式に離婚が決定したマリだったが、諒子はその理由を知らない。落ち込みながらも明るくふるまうマリが心配な諒子は…。
▶前回:「もう無理…」夫と久々に密室でふたりきりに。そのとき男が放った衝撃のひと言とは
Vol.9 コトの真相
『濱口海斗の元妻は夫の金で買い物三昧。離婚の夜も高級ディナーで高笑い』
『慰謝料のほか、資産も強奪の悪妻ぶり』
『豪遊とマッチングアプリ、そして若手TVスタッフ食い』
諒子とマリは、週刊誌やネットニュースに踊るゴシップをリビングで眺めながら、その内容の下劣さに震えていた。
「ヒドイ……なんなの、これは」
記事の中にはマリと諒子がレストランでナイフとフォークを手に大笑いしている様を、隠し撮りされた、ふたりの写真もあった。
まるで悪党が、ひと仕事終えたあとの晩餐のように印象操作されている。
「まあ、盛られているけど、80%はホントのことだよね」
実際、マリがこの日に身に着けているものは、元夫からの慰謝料で購入したものばかり。
GUCCIのルームウェアに、右手の薬指に輝くGRAFFのダイヤモンドリングは、離婚記念という名目で買ったものだった。
「間違ってるのは、“慰謝料と資産の強奪”ってところくらいかな。私自身の資産もあるから、強奪して豪遊しているというわけではないよ」
驚くほど冷静に語るマリ。先日の涙はなんだったのだろうと諒子はあっけにとられる。
そして、念を押すようにマリは言った。
「大丈夫。こんなの私には全く効いてない。だから諒子は気にしないで」
ゴシップ記事は、濱口海斗サイドが離婚の悪印象を被らないためにマスコミにリークしたものなのだろうか。
そう考えた諒子はマリを誘い、気晴らしがてら、モダンチャイニーズ『MASA’S KITCHEN』に、ディナーに行くことにした。
人目につかない奥の席が空いていたので、お願いしてそこに通してもらう。いつパパラッチに盗撮されるかわからないからだ。
そんな諒子の気遣いもよそに、マリは「もしまた撮られたらピースしちゃお」とキャビア冷麺を口にしながら呑気に笑った。
離婚問題にはできるだけ触れないでおこうと心に決めながらも、マリがこうも冷静で明るいのは諒子にとっては、逆に不安要素だ。
― 絶対、悩んでいるはずよね。海斗さんにガツンと言ってやりたい。
翌朝、オフィスで諒子がぼんやり思っていると、思わぬところでその名を見つけた。
それは、スポーツ局にいる千奈津の社内スケジュール。
予定の欄に『濱口海斗取材同行@都ホテル』と書いてあった。
◆
シェラトン都ホテル東京の『ロビーラウンジ バンブー』。
取材は15時からのはずだが、諒子は少々早めの時間に来て待ち伏せする。
後ろめたいが、この機会を逃すことはできなかった。
― きっと、彼は約束より早く来るはずよね。
諒子は、マリがホテルジプシーをしていたときに、発言していたことが頭に残っていた。
『夫とホテルラウンジでのんびりしながら人を眺めるのが好きだった』という話。
その言葉を信じて、企画書作成など仕事をしながら、諒子は静かに待った。
まもなくして、目論見通りに、例の大男が現れる。
ソファにどっかり座り、慣れた態度でコーヒーを注文する彼。サングラスとマスクでわからないようにしているが、体格でバレバレだ。
― やっぱり、マリの言っていたことって、本当だったんだ…。
周囲をきょろきょろする海斗と、すぐに目が合った。
数日前に会っているからか、彼は「あっ」という顔をする。
「濱口選手。少々、お席ご一緒してもよろしいですか?」
「え、あ…はい」
超有名選手のプライベートに土足で入るという、驚くほど失礼なことをしている自覚が、諒子にはあった。
だが、それはマリのためでもあり、マリの影響でもあった。
― わたし、どんどんマリの色に染まっていっているな…。
離婚の真相
「誤解してほしくないので言います。僕らには子どもができなかったんです」
海斗は絞り出すように、マリとの離婚理由を答えた。
「諒子さんがおっしゃるような浮気が理由では断じてありません。本当は真実を口外したくなかったのですが、その点をどうしても否定したくて」
実は諒子、彼の浮気が理由だと勝手に決めつけ責め立てたのだ。
諒子は恥ずかしさと申し訳なさで、謝罪するとともに顔を赤くした。
「でも、信じられません……。本当に、それだけの理由なんですか?」
海斗は周りを気にしながら静かに言葉を重ねる。
「これだけはどうしようもできないことなんです」
少々後ろめたそうな表情なのが、諒子は釈然としなかった。
「子どもがいないカップルだって、今はいっぱいいるじゃないですか。それじゃダメなんですか?」
「はい……。僕には、親子3代甲子園に行くという夢があるんです。それは両親やファンの夢でもあって、彼女もそれを望んでいた。だから、これ以上苦しめられなくて」
海斗の父親も野球のエリート選手だ。義両親だけでなくその他野球関係者、ファンからの子どもへの期待も相当だったろう。
不妊治療を十年近く取り組んだが、遠征が多い海斗は思うように治療ができず、結果が現れなかったらしい。
それ以上に、子どものいない選択肢を前向きに選ぶということが、価値観としてどうしても許容できなかったという。
「治療を休んだときにできたって話もよく聞きますし、もう少し待てなかったんですか?ダメでも養子や代理出産とか、色々方法があったんじゃ…」
「簡単に言わないでください」
彼のきっぱりとした答えに、深く考えた末での結論であることを、諒子は理解した。
だが、マリの気持ちを考えるといたたまれなかった。
海斗の決断は、今後結婚して妊娠を望む自分にとっても人ごとではない。
「逃げるんじゃなくて向き合うのが、夫婦じゃないんですか?マリは、子どもを産む道具じゃないし、子どももあなたの夢をかなえる道具じゃないんです」
諒子は独身で妊娠経験もない、しかも赤の他人。
下手すれば「お前に何がわかる」と言われてもおかしくない立場だ。
そんな諒子の説教にも海斗は反論せず、「すみません」と謝り、じっとうつむいてる。
世界的スターの謙虚な姿に、さすが奔放ながらも男には厳しいマリが、13年身を尽くした男だと、何故か納得してしまった。
「苦しんで、周囲からも責められていた彼女をもう見たくなかったんです」
「ならば逃げないで支えてくださいよ。無名時代から支えてもらっていたんでしょう」
彼の言いたいこともわかる。
だが諒子はマリの気持ちを考えると、どうしても心のモヤモヤが晴れないのだ。
すると、後ろから諒子の名を呼ぶ声がした。
「…あの、ドラマ制作局の漆原プロデューサー、ですよね?」
振り向くと立っていたのは、同じ会社のスポーツ局のお偉方たちだった。
◆
日本を代表する野球選手の海斗。しかも独占取材をする直前のトラブル。
諒子は何かしらの処分が下るのではと危機感を覚えたが、穏便に済ませたいという海斗の意向もあり、ことなきを得た。
だが、海斗の口からマリの耳に入る可能性を考えた諒子は、帰宅後、夕食を準備する彼女に、先回りしてその件を報告する。
「無理に聞いたのは私なの。失礼だとは思ったんだけど…」
「いいの、大丈夫」
諒子は彼を責めた言葉も、すべてマリに告げた。
キッチンで、マリはその話を聞きながら言葉少なに諒子に背を向けている。
以前のリベンジで参鶏湯を作ってくれているらしい。
「…」
話を終えたあとも、黙って背を向けているマリ。
ぐつぐつ煮立つ鍋をマリは見つめているようだ。ただ、怒っているわけではないように見える。
「お待たせ」
しばらくして、参鶏湯が運ばれてきた。
ダイニングテーブルで向き合ったマリの瞳はウサギの目のように赤かった。
「諒子は私がつらい時に、いつも助けてくれるね」
「マリ…」
諒子の心がじんわりと温まる。参鶏湯はまだ口にしていないのに。
「ありがとう。みんな代弁してくれて」
柔らかなマリの笑顔。
たったひと言であったが、マリの本音を初めて聞いたような気がした。
その夜、ワインのボトルが空になるまで、諒子はマリの話に付き合った。
▶前回:「もう無理…」夫と久々に密室でふたりきりに。そのとき男が放った衝撃のひと言とは
▶1話目はこちら:35歳独身女がセレブ妻になった同級生と再会。彼女が放った高慢なひと言に…
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傷心のマリをいたわるため、諒子はある場所に連れ出したが…
「そんな自分勝手な理由で…」離婚理由に納得できない女が男を追い詰めると…
2022年11月30日