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嵯峨景子の「今月の一冊」|第七回は『ゴシックハート』|

ホンシェルジュ

少女小説研究家の第一人者、嵯峨景子先生に、その月気になった本を紹介していただく『今月の一冊』。11月号は筑摩書房から2022年10月13日に刊行された『ゴシックハート』です。絶版と再刊を経て様々な人に愛される『ゴシックハート』。この名著がゴシック文化にもたらした影響や、嵯峨先生が強く影響を受けた別の著作に関しても語っていただきます。

「嵯峨景子の今月の一冊」、第7回目。今月は2022年10月に発売された高原英理のゴシック文化論『ゴシックハート』(ちくま文庫)をご紹介します。

著者高原 英理 出版日

 『ゴシックハート』は2004年に講談社から単行本として発売され、その後も版元を変えながら再刊されている高原英理の代表作の一つです。2017年に立東舎文庫で文庫化されたものの、レーベルはその後消滅し、再び絶版になった本書は2022年にちくま文庫に仲間入りを果たしました。

 18年の時を経て、今もなおアクチュアルな刺激をもたらしてくれる名著『ゴシックハート』。本書の内容にふれる前に、高原英理の経歴や、私自身と高原作品との出会いを簡単にご紹介いたしましょう。

作家、高原英理 その人となり

 高原英理は小説家としての活動に加え、評論家やアンソロジストとしても活躍をみせる作家です。1985年に「少女のための鏖殺(おうさつ)作法」で第1回幻想文学新人賞を受賞してキャリアをスタートし、1996年には評論「語りの事故現場」で第39回群像新人賞評論部門優秀作を受賞し、以後は評論家としても頭角を表しました。とりわけゴシックカルチャーをテーマにした一連の著作は注目を集め、今回取り上げる『ゴシックハート』や続編として執筆された『ゴシックスピリット』などの評論のほか、高原英理編のアンソロジー集『リテラリーゴシック・イン・ジャパン』なども好評を博しています。

 小説家・高原英理は、澁澤龍彦や中井英夫の後継者に位置づけられる優れた幻想文学の書き手であり、その端正かつ硬質な文学世界に私も長年魅了されています。

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個人的な偏愛作を挙げると、作曲家アントン・ブルックナーを偏愛するオタクたちの姿を可笑しくも温かく描いたキュートな『不機嫌な姫とブルックナー団』や、想像力を結晶化したような美しくも崇高な思弁小説『観念結晶大系』、架空の天才ゴス歌人の生涯を通じて80年代という時代が浮き彫りになる『歌人紫宮透の短くはるかな生涯』、そして最新作であるきのこをテーマにした極上の小説集『日々のきのこ』などがお勧めです。

 私が初めて高原英理の名前を認識したのは、幻想文学に傾倒していた10代後半に出会った『書物の王国』という、国書刊行会から刊行されているテーマ別文学全集でした。高原は本シリーズの編纂委員会に名を連ね、また第6巻『鉱物』には加藤幹也名義の「青色夢硝子」という美しい掌編も収録されていて、私はこの短編に心を鷲掴みにされました。その後、1999年に発売された高原の初評論集『少女領域』もほぼリアルタイムで読み、少女文化研究に足を踏み入れつつあった私は、本書から強い影響を受けました。

『ゴシックハート』がもたらしたもの

 今回取り上げる『ゴシックハート』、そして続編の『ゴシックスピリット』も、それぞれ発売時に手に入れました。ちなみに当時の私はゴシック&ロリータファッションに関心を持ち、ヴィジュアル系バンドのライブに通う、幻想文学やサブカルチャーを愛好するバンギャでした。そんな時に出会った高原の一連のゴシックものは、自分が漠然と親しんでいた世界に真正面から向き合い、明晰な知性で言語化してくれた画期的な文化論だったのです。関連するイベントにも参加したことがあり、高原英理と『死想の血統――ゴシック・ロリータの系譜学』の著者・樋口ヒロユキの対談イベントにも足を運んでいます(記憶が曖昧ですが、おそらく2007年にジュンク堂で開催されたイベントだったはず)。『ゴシックハート』の刊行後、さまざまな書き手によるゴシック文化論が花開いたことも、この本がもたらした成果の一つと言えるでしょう。

「ゴシック」というジャンルの歴史的な背景をふまえながら、それがゴシック的な感受性へと広がっていく様を、小説や漫画、映画やアニメ、絵画や人形などから縦横無尽に読み解いた文化論『ゴシックハート』。元本は全12章で構成されており、「ゴシックの精神」「人外」「怪奇と恐怖」「様式美」「残酷」「身体」「猟奇」「異形」「両性具有」「人形」「廃墟と週末」「幻想」という章立てを紹介するだけで、この本のエッセンスが伝わるのではないでしょうか。今回発売されたちくま文庫版では、13章として新章「差別の美的な配備」が追加され、より充実したものとなりました。

 ちくま文庫版では13章の追加に加えて、初版から18年を経て分かりにくくなっている箇所に註と補足が追加されています。2004年に執筆された本の内容そのものは、時流に合わせて書き換えるものではない。けれどもその後の変化や作品について注意を払い、現在に接続するための配慮をおこたらない。そんな高原英理の書き手としての姿勢に、私は強い共感とリスペクトを覚えています。

 そして描き下ろしである「ちくま文庫版あとがき」は、それ自体がすぐれたゴシック文化論の系譜を総括したテキストであり、本文とあわせて必見です。かつては研究者であり、今は物書きとして身を立てる私が思わず背筋の伸びるような思いをしたのが、ちくま文庫版あとがきの中の以下の言葉でした。

「研究史が長く既に方法の確立された対象のそれに比べれば、これらはまるで大した文献数ではない。特に、著述家・研究者を自認する人がこの程度の数少ない先行研究にもあたらないとすれば怠慢であり、またもし何らかの理由から知った上で無視するとすればきわめて不誠実である。」

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