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なんでこんなに急いでいるのだろう。一気に開いた大輪の花のような笑みが思わずこぼれ…

幻冬舎ゴールドライフオンライン

※本記事は、結李花氏の小説『わたしのSP』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

自分史の「力強さ」

デスクの上を片付けてから、近くの居酒屋で開かれる出版企画部の忘年会に顔を出した。アルコール類は断って一時間ほどで切り上げると、タクシーでマンションに戻った。部屋に支度してあるスーツケースを手にしてから、待たせていたタクシーで折り返しホテルに向かった。

なんでこんなに急いでいるのだろう。なんでこんなに心が弾むのだろう。万里絵は自分の行動に驚きながらも、タクシーが車寄せに停車すると、鼓動は頂点に達した。ベルボーイに荷物を部屋まで運んでもらってから、室内プールがある地下一階に降りた時には午後九時を十五分ほど過ぎていた。

はめ殺しのサッシ窓の対面に、赤と青のラインが鮮やかに描かれた白いタイルの壁が見えた。釣木沢は十時までは泳いでいると言っていた。プール内に人影はなく、照明も薄暗い。

急激な落胆が万里絵の全身を襲った。

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「わたし、馬鹿みたい」

自嘲的につぶやくと、引きつった薄笑いにくちびるが歪んだ。

「わたし、どうかしていた」

泳ぎを教えてあげるよなんて、男の社交辞令を真に受けて、本気になって来てしまうなんて、いい齢をしてどうかしている。本当にあの人がこのホテルに泊っているのかもわからないではないか。

「あーあーあ、やっちゃった」

万里絵は絶望の混じった低い声を、わざとコミカルに発した。現実はドラマのようではないのだ。そんなことわかっていたではないか。しばらく忘れ去られていた躍動感だった。慣れない神経回路を使った妙な疲労感で体がだるくなってきた。とにかく今夜は部屋に戻って休もう、それ以外のことは考えられずにエレベーターに向かった。

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