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阿部寛主演ドラマで描かれた“鮮烈過ぎず、程よく退屈な日常”の機微<すべて忘れてしまうから>

WEBザテレビジョン

阿部寛主演ドラマで描かれた“鮮烈過ぎず、程よく退屈な日常”の機微<すべて忘れてしまうから>

阿部寛が主演を務め9月14日に配信が始まり、11月16日に最終話が公開されたドラマ「すべて忘れてしまうから」。作家・燃え殻のエッセーを国内のトップクリエイターがドラマ化、阿部の配信ドラマ初主演作ということもあり公開前から注目を集めていた作品だ。最終話の配信から1週間がたち、全話の視聴を終えた方も多いだろう。そこで今回は、音楽、アイドル、ドラマや洋画・邦画、アニメと幅広いジャンルに精通するエンタメライターの田中隆信氏に最終話を含むネタバレありで独自レビューをしてもらった。本作は展開を知ってから視聴しても楽しめる作品だが、まっさらな気持ちで鑑賞したいという方は注意していただだきたい。(以下、ネタバレを含みます)

■阿部寛演じる主人公に「あぁ、分かる」という気持ち
小説「ボクたちはみんな大人になれなかった」の発売が2017年。書店で気になり、ふと手に取ったことがきっかけでその後も刊行される作品を読み続けており、初のエッセー集である「すべて忘れてしまうから」がドラマ化されると聞いた時から、個人的にも期待していた作品だった。

ハロウィンの夜、ミステリー作家の“M”(阿部)は行きつけの「Bar 灯台」にいて、そこに仮装した彼女“F”(尾野真千子)が一瞬だけ姿を見せるものの失踪してしまう…。20代や30代の恋人同士であれば、すぐに追い掛けたり、必死になって捜したりするのかもしれないが、“大人だから”という理由をつけて積極的に捜そうとしないのも、主人公に(年齢が)近いせいか、「あぁ、分かる」という気持ちもある。

■身近な人の知っているようで知らない一面

仕事が忙しくなったことを理由にして、“F”と連絡を取らないまま時間だけが経過。周りに促され、ようやく捜し始めるが、彼女の勤め先でのトラブルを含め、5年も付き合ってきた彼女のことを、知っているようで実は知らないことの方が多かった。“M”と“F”との2人の間の“失踪”という出来事(事件)が発端となっているが、物語が進行していくにつれて、2人の周りの人たちの人生にもいろんなドラマがあるというか、秘密や知られてないことが次々に浮上してくるところもこのドラマの見どころとなっている。

“Bar 灯台”にはオーナーのカオル(Chara)がいて、料理人のフクオ(宮藤官九郎)がいる。ある目的を持って通っていた青年・泉(青木柚)は、父親だと思っていたフクオに会うことが目的だったり、その後、実はそうじゃなかったことも判明するわけだが、そういった秘密を抱えていた。

“Bar 灯台”でアルバイトをするミト(鳴海唯)も、本名が“ミト”ではなかったり、実は以前から“F”と知り合いだったり、こちらも秘密を持っていた。“M”が問い詰めると、「聞かれなかったから」と答えたが、それはそう。逐一誰かに報告する義務はないので、彼女の言い分も分かる。ミトと“F”の関係性を知った後で、それまでのストーリーを改めて見てみると、見えてなかった事実が浮かんでくる。

“F”の姉(酒井美紀)という人物も早めに登場するが、眼帯をしたり、怪しい匂いがプンプンしていた。変な理屈を付けて“M”からお金を巻き上げるような行為を繰り返していくが、後に“F”との関係性やそのお金に関する経緯も後半のエピソードでネタバラシ的に見せてくれるので、彼女の取った行動も、変な部分が多いとはいえ、どこか“気持ちは分かる”という気にはさせてくれる。

■あまりにも自然な“再会”

そのネタバラシ的なエピソードによって、“F”がなぜ失踪したのかも自ずと分かってくるわけだが、ミトが“M”に放った言葉の通り、姿を消した理由やきっかけというのは、思っているほどシリアスなものではなかったのではないかと思う。第8話で唐突に“M”が“F”と再会するが、そのシーンも劇的な感じではなく、かといって悲壮的な感じもなく、長い間失踪していたなんて忘れてしまうくらい自然な再会だった。まあ、かたやマジックのお手伝いをしている最中、かたやしれっと客席に座る客と、その辺のおかしみはあれど。


第9話では2人で石川・能登旅行に出掛けるシーンがあり、そのこと自体は2人の関係性を修復へと向かわせているのかと思えたが、“F”が牡蠣を食べたいと言って、食べに行くが、“M”は昔牡蠣に当たったことがあって食べられないというのを焼き上がった時に言ったことも含めて、旅行中に起きたささいな出来事が、2人の間の“ズレ”を“F”に実感させた。“M”の「楽し過ぎず、鮮烈でもなくて、程よく退屈ぐらいがちょうどいいんだよ」という言葉も、旅館の部屋のテレビで流れてきた無国籍者のニュースの感想も、ズレを大きくさせてしまうだけで、“M”は気付かないまま、“F”の心は離れていってしまった。「すごく遠くに来たような気がする」という言葉は決定打となっていた。旅行を終えて、2人で“Bar 灯台”を訪れた時、“F”が「もうここで別れよ」と言った時、2人の明るい未来を描いていた“M”にとっては青天の霹靂だったと思うが、“F”にとっては能登にいた時に気持ちは決まっていたはずだ。

そういう気付かないうちに生じてしまった“ズレ”みたいなものは簡単には修復できないのは現実世界でも一緒。このドラマにはそういうリアルさが散在しているように思える。

“M”がエッセーを書き始めて、単行本がまとまりそうになるまでの間、独白でもあるように、周りの人たちがどんどん離れていったり、遠くに行ったりしていった。“鮮烈過ぎず、程よく退屈ぐらい”の毎日の中での出来事だから、“M”の記すエッセーのような形で残していかないと“すべて忘れていく”のも必然かもしれない。

最終話のエンディング近くで、別れた後の“F”が楽しそうにテニスをしていたり、他の人たちもそれぞれ新しい生活を始めていたりする風景が映し出されているが、人生における転換期や“疎遠”になってしまうということも、ほんのちょっとしたことがきっかけとなっていたんじゃないかと改めて思わせてくれた。

「すべて忘れてしまうから」は、ディズニープラスで全話独占配信中。

◆文=田中隆信

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