あえて飲まない“ソバーキュリアス”が流行っている今。
でもやっぱりシャンパンが好き!
港区界隈に夜の帷が下りる頃、あちこちで「ポン!」と軽快な音を立ててシャンパンが開く。
そこに突如として現れる美麗な1人の女がいる。
彼女の名は、天堂麗香。人呼んで「ポン女」。
港区とシャンパンをこよなく愛し、この地の治安と経済の発展のために生きる伝説の女。
今夜、港区のどこかでシャンパンを開栓してみたら、わかるはず!
きっと、彼女は現れる…。
◆これまでのあらすじ
クリニックの仕事にすっかり慣れた菜々子。昼間はクリニックの雑用、夜はパーティーと忙しい毎日を送っている。ある日、麗香の元に駆け出しの女優、アサヒが助けを求めてやってきた。麗香の機転により、アサヒは何事もなかったが…。
▶前回:“東京アメリカンクラブ”でのパーティーに潜入したら、業界人がずらり!そこで驚愕の裏事情を知り…
Vol.4 貢がれる女の苦悩
「じゃあ、アサヒのドラマ主演を祝して、カンパーイ!」
六本木の『マーサーブランチ』で、麗香が細かな気泡が立ち上るシャンパングラスを掲げる。
今日は「新商品のギフティングに行くから来て」と麗香に言われ、菜々子は付いてきた。
ギフティングの相手は、先日麗香に助けを求めてきたアサヒとモデルのキイナだ。
― ていうか、2人とも綺麗すぎるでしょ…。
シャンパンにも劣らない、眩いばかりのキラキラオーラに、立ち眩みしそうになる。店内の他の客も、菜々子たちのテーブルに視線を送っていた。
「じゃあ、2人にこれ、クリスマスプレゼント。私が開発したボディークリームなの。よかったら使ってみて」
麗香が小さな紙袋を手渡す。
中にはボディークリームの他に、リップクリームやハンドクリームなどの保湿アイテムも入れ、ゴールドのリボンをあしらってギフトにした。
「これから寒くなると肌が乾燥するから、たっぷり使ってね」
「嬉しい!麗香さん、いつもありがとうございます」
2人が口々にお礼を言う。
麗香は「よかったらインスタやYouTubeで紹介して」なんて野暮なことを言わない。ただギフトするだけ。
だが、麗香に心酔している彼女たちは、頼まれなくともSNSに何度もアップしてくれるのだ。
「ところでアサヒ、仕事が順調そうでよかったけど、彼との関係が公になったらマズいんじゃない?」
麗香によると、アサヒには外銀に勤める32歳の彼がいるそうだ。
「あ、それなんですけど…実は、3日前に別れたばかりなんです」
アサヒが小声で打ち明ける。その事実に一番驚いていたのはキイナだ。
「どうして?だって年収も高くて、顔もめちゃタイプだってベタ惚れしてたじゃない」
「うん、そうなんだけど。仕事と恋愛、両立は難しそうだなって思ったの。好きだったから悩んだけどね。でも、ドラマの収録も始まるし…」
そう語るアサヒの目に迷いはなく、何か確固たる意志があるように見えた。麗香は、黙ってアサヒとキイナの会話を聞いている。
カフェの入り口から顎髭にスーツの男性が入ってきて、こちらのテーブルに近づいてきた。そして、その男性から、「アサヒー、時間だよ」と声がかかると、彼女は申し訳なさそうに立ち上がった。
「麗香さん、マネージャーが迎えにきちゃった。私、これから取材が1本あって…」
「気にしないで。お仕事頑張ってね!」
麗香に見送られ、アサヒは出て行った。
アサヒを目で追い、完全に姿が見えなくなると、「麗香さん、ご相談してもいいですか?」とキイナが切り出した。
「いいわよ。菜々子もいていいわよね?」
「ええ、もちろん。麗香さんのお弟子さんですから、信用してますし」
キイナがにっこりと菜々子の方を見る。
― 私、弟子扱い?
内心驚きつつも、特に否定はしなかった。麗香の元で働いている限り、弟子だと思われていた方が好都合かもしれない。
その上、「ありがとう。入ったばかりだけど、菜々子って有能なのよ!」なんて麗香が付け加えるものだから、悪い気はしない。
「実は…今付き合っている彼のことでちょっと…」
キイナは、現在アートディレクターをしている壮介という男と付き合っている。2人は、2年前に食事会で知り合った。
壮介は優しいし、顔もタイプなのだが、いつも仕事が忙しく会う時間が限られている。そんな彼が「一人っ子だから、ゆくゆくは神戸の実家に戻り、仕事のベースは関西に置きたい」とキイナに告げたそうだ。
「好きは好きなんですが…。結婚して関西に行くのはちょっと…」
キイナは今年27歳。モデルとしてのキャリアはそこそこあるが、年齢的にも今後少しずつ仕事は減っていく。
「私、海外のショーで活躍するほど身長ないし、かといって以前みたいにファッション誌もたくさんはない。アサヒちゃんみたいな演技力もないから、女優に転向も難しいと思うんです」
「要は、仕事はほどほどにして、そろそろ結婚はしたいけど、壮介くんとは無理ってこと?」
麗香が全てお見通しというように尋ねる。
「そう。壮介には悪いんですけど、次が見つかってから別れようと思ってるんですけど…」
「いるいる。そういう人。恋人がいない自分が不安なのよね?」
「そうなんです。まあ、でも一応、今新しい彼はいるんです」
キイナはすでに次の相手を見つけていた。
「もしかして、鳩仲さん?」
麗香の予想通り、キイナがこくんと頷く。
鳩仲は麗香のクリニックの顧客で、年齢は37歳。キイナが施術を受けに行った際、麗香に紹介されて知り合ったという。
「断然壮介の方がタイプなんですけど、鳩仲さんは壮介に比べて男らしくて…。「大好きだ、きれいだ」って気持ちをストレートに表現してくれるんです」
その上、シャネルやエルメスを会うたびにプレゼントされ、デートの際はベントレーの送迎付き。
壮介の方が好きだったはずなのに、彼は仕事が忙しく頻繁に会うことができない。その空いた時間を埋めるように、キイナは鳩仲と会うようになっていった。
「このあいだなんて『シャネルのファインジュエリーをつけてみたい』と言ったら、『妹が顧客だから聞いてみるよ』って話を通してくれたの」
「その鳩仲さんって方の財力、スゴすぎますね…」と菜々子が感心する
「でも、ある時壮介が、気づいたの。私が、見慣れないバッグやジュエリーを身につけていることに」
どうやって手に入れたのか問い詰められ、キイナは「ファンからのプレゼント」と答えた。
「すごいお金持ちで、私がモデルやタレントとして有名になるのを助けたいと言ってくれている人がいる。
本当にそれだけで、後ろめたいことは神に誓って何もないって言ったの。そしたら、壮介が私を信じてくれて…」
「でも、今、困ってます。今年のクリスマスは土日。壮介は、どうせ仕事だろうと思っていたから、鳩仲さんとハワイに行こうと思ってたんです。そしたら、壮介から“クリスマスは婚約指輪を買いに行こう”って言われて…」
「婚約指輪かハワイ。そろそろどっちか選ばなくちゃいけなくなった、ってことね」
「うーん、どうしよっか」と麗香は、首をひねっているが、まったく困っているようには見えない。
そのとき、キイナが驚きの言葉を口にした。
「ちなみに鳩仲さんとは、一応付き合っていることになっているんですが、実は、私、彼とはまだ何もないんです」
― えっ、カラダは許してないってこと?やっぱり貢がれる女は、さすがね!
菜々子が感心しながら、麗香の方を見ると、何食わぬ顔でシャンパングラスを傾けている。
「付き合って3回目のデートの時に誘われたんですが、もっと私のこと好きになってくれなきゃ嫌ってはぐらかしたんです。キスくらいはしました、2回だけ」
鳩仲はキイナをハワイまで連れて行けば、さすがに断らないだろう、と思ったのかもしれない。
「全然ときめかないんです…、彼に。でも、一緒にいると楽しいし、贅沢もさせてくれるし…」
キイナの話を黙って聞いていた麗香が口を開く。
「女性が優雅な暮らしをしたい、リッチな人と結婚したい、と思うのは当然のこと。それを叶えてくれる相手を選ぶのは、ある意味自分に正直だし、悪いことじゃないわ。
でも、結婚する気がないなら、壮介くんとの関係を引っ張る意味がわからないかも。2人にとって無駄な時間を過ごしているだけ」
菜々子は、麗子の言葉の選び方に感心していた。
「あ、そうだ。一つ教えてあげる」
麗香が嬉しそうに付け加えた。
「恋愛はね、仕事と似ているの。キイナの場合は、次の転職先を見つけてから今の職場を辞めるっていうのと似てない?」
― そ、その例えって、究極すぎるんですけどー!!!!
内心、麗香の言葉に驚きつつも、続きに耳を傾ける。すると…。
「転職先は…職種で選ぶ?それともお金で選ぶ?それとも所在地?みたいな感じ。どれを選んでも後悔しなければ正解。今回の場合、私なら鳩仲さんに就職すると思う」
「そうですよね!話を聞いてくださってありがとうございます」
キイナは麗香に話してすっきりしたような顔をしていた。
◆
5日後。
14時、菜々子は、麗香と一緒に六本木ヒルズにやってきた。
今日もギフティングだ。
ヒルズのスパに行くと、ダイニングで食事をしている男性2人がいた。
トレーニングの後なのか、テーブルにあるのは、鳥ささみのグリルや山盛りのサラダだ。
「円安だし、今年のハワイは空いててよさそうですね」
「壮介君も一緒にハワイ行ってゴルフしようよ」
一足早くハワイ気分を楽しみたいのか、一方の男性の前にはアサイーもある。
「麗香さん、こっち!その節は、色々ありがとうございました。僕ら、2人とも思うところに落ち着いたよ」
「あら、よかったわ。うちのお客様が同じ女性のことで悩んでいたなんて、びっくりよ」
壮介が麗香に席に座るように促す。
「鳩仲さんのおかげで、キイナとはきれいに別れられたし、よかったです。いやあ、彼女みたいな子は、鳩仲さんみたいな寛容な人じゃないと無理ですよ」
最近キイナへの気持ちが冷めていたものの、別れる決断をするまでに時間がかかった、と壮介は言った。
「そうだろうな。キイナは魅力的だから。僕の方こそ感謝してるよ。一人の女性をここまで時間と金をかけて落とすのもなかなか楽しかった。彼女のことは大切にするよ」
― 麗香と鳩仲さんと壮介さん。要するに、この3人はグルだったってこと?
呆気に取られている菜々子に、麗香が耳打ちした。
「何驚いてるのよ。全員がWin-Winじゃない!」
すると、満足そうな表情の鳩仲が言う。
「キイナとのハワイは、心置きなく楽しめそうだよ」
「僕もキイナとうまく別れられたので、クリスマスは別の女の子とデートです」と壮介。
ふふっと麗香が笑う。
つまり、鳩仲にハワイ旅行も進めたのも、壮介に婚約の意思があることを仄めかすようにアドバイスしたのも麗香なのだ。
― この界隈の恋愛事情まで、裏で操作してるなんて…。麗香さん、本当に何者なのかしら。
ぼーっとなっている菜々子の肩を麗香がポンと叩く。そして、いつものようにニヤッと笑った。
「ところで麗香さん、僕のゴルフ仲間に奥さんと離婚できなくて困っている人がいるんだけど…」と鳩仲が切り出した。
「来週、あるパーティーで紹介するから、相談乗ってもらえる?“クリスタル”を振る舞うみたいだし」
鳩仲の依頼に麗香が目を輝かせて答えた。
「もちろん、私、“クリスタル”が大好きなの」
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2022年11月24日