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有名スポーツブランドのアンバサダーを目指す女。企業から誘われ、面談に行ったはいいが…

東京カレンダー

“インスタ映え”が流行語大賞に選ばれたのは、もう5年も前のこと。

それでもなお、映えることに全身全霊をかける女が、東京には数多く存在する。

自称モデル・エリカ(27)もそのひとり。

そんな彼女が、“映え”のために新たに欲したのは「ヨガインストラクター」という肩書だった―。

エリカは、ヨガの世界で“8つの特別なルール”と出合う。しかし、これまでの生活とは相いれないルールばかりで…。

これは、瞑想と迷走を繰り返す、ひとりの女性の物語である。

◆これまでのあらすじ
エリカはヨガウェア姿をInstagramに投稿し、フォロワーを増やすことに成功。ただしヨガウェアの値段に、愕然とした。そこで「企業のアンバサダーになれば、ウェアが無償で手に入る」と企む―。

▶前回:「彼にもらった留学費用200万円が、80万も余った」お金を返したくない女がとった行動



Vol.4 ヨガインストラクターになれない私


「ともくん、ちょっとこれ飲んでみて?」

ミルクフォーマーを使って、フワッフワに泡立てたオーツミルク。

それをブラックコーヒーにたっぷり注ぐと、マグカップを智樹に手渡した。

「うーん…。これ、ラテじゃないよね?」

彼は、軽く口をつけると、首をひねった。

「ラテだよ!オーツミルクラテ、最近ハマってるの」
「へぇ、何か牛乳よりだいぶさっぱりした感じだね。そういえばエリカ、食べ物の好みが少し変わったんじゃない?」

ミルクの泡で、口もとをひげのように白くしながら、智樹が言った。

言われてみれば、確かにそうだ。

ハワイでのヨガ留学中は、食事制限があった。動物性の食品は、飲食禁止。

最初はきつかったものの体が慣れたようで、帰国してからも、胃腸に負担が少ないものを好んで口にしている。

私は、ソファに座る智樹の隣に腰を下ろすと、この日2杯めのオーツミルクラテを飲んだ。

そして、スマホを手に取った。開いたのはInstagram。ここ数日、スポーツウェアブランドの公式アカウントばかり見ている。

今日もいつものように、目につく投稿に片っ端から“いいね”をした。

SNS投稿用のヨガウェアを、無償で手に入れる方法はないか―。考えたとき、私は思いついたのだ。

― 企業と契約をして、アンバサダーになれば…。ウェアをもらえるし、自分の宣伝材料にもなる!

ただ、自分から問い合わせをするのは性に合わない。「企業側から依頼されたい」という気持ちが強い。

そこで、私は投稿に“いいね”をしまくり、自分の存在をアピールすることにしたのだ。

そのとき、公式の青いバッジがついたアカウントから、1通のDMが送られてきた。

― えっ、もう反応してくれたの?しかも、このブランドって有名だよね?

あまりにも思い通りの展開にほくそ笑みながら、その内容に目を通す―。


翌週火曜の午後、私は六本木にいた。

DMの送り主・安藤に指定された時間に、スポーツウェアブランドの本社を訪れる。

「本日は、ご足労いただきありがとうございます。広報担当の安藤です」

差し出された名刺を受け取ると、彼に視線を移した。

スポーツマン風のさわやかな容姿と、日焼けした肌。長身でがっちりとした体型は、スーツを着ていてもよく鍛えられているのがわかる。

「あ、えっと…ヨガインストラクターのエリカです。すみません、私、まだ名刺がなくて」

― この人、タイプかも!名刺作っておけばよかった。LINEのID付きで、なんてね。

会議室へと連れられて行く間、思わず口元がゆるむ。

目の前に現れたイケメンを見て、楽しい面談になりそうと、胸が高鳴ったのだ。



「では、こちらにどうぞ。先日お送りしたDMに書いたとおり、弊社では今、アンバサダーを募集しています。今日は、その話もできたらと」
「はい、いつも投稿見てます。素敵なウェアがたくさんあるなーって!」

安藤は、手元のタブレットで、商品の一覧ページを開いた。

「ちなみに、どのウェアが気になりましたか?やはりヨガウェアでしょうか」
「そうですね、トップスは白のこれとか。顔映りがいいんで」
「なるほど!モデルさんとしての視点も、ウェア選びに活かされているんですね。素敵です」

会って数分とは思えないほど、会話が盛り上がる。久しぶりに“モデル”と言われたことも、気分がいい。

安藤は「休日には自社のウェアを着て、フットサルをしている」と、楽しそうに話してくれた。

好感触―。私は、確かな手ごたえを感じていた。

「では、そろそろ本題に入らせていただきたいのですが。エリカさんは今、どちらでレッスンをされていますか?」
「えっと、どのスタジオで…ってことですか?」
「はい、それと週何回くらいクラスを持っているのかも、教えていただきたいです」

― ヤバ…。スタジオを聞かれるなんて…!そもそもレッスンなんて、一度もしてないし。

答えに窮している私を気遣うように、安藤が続けた。



「いろいろと質問してしまって、すみません。アンバサダーとして契約させてもらう方には、実際の活動内容を詳しく聞かせてもらっているんです」

アンバサダー=宣伝大使なのだから、考えてみれば当然だ。活動の場がなければ、宣伝の場もない。

どうしよう、と一瞬焦ったが、思い出した。なんといっても私には、フォロワー7万人超のInstagramがある。

私は強気の姿勢で言った。

「まだ資格を取ったばかりなので、今は特に。でも、インスタのフォロワーがもうすぐ75,000人になるので、宣伝効果はあると思いますよ?」

ほんの一瞬、安藤の眉がピクリと動いた気がした。

「つまり、活動はこれからということですね。ちなみに、気になっているスタジオやインストラクターはどうでしょうか?」
「それも…これから調べてみようと思ってます」

彼は、さっきまでの楽しそうな様子とは打って変わって、何かを探るような険しい目つきをしている。

「なるほど…。それではレッスン以外で、ヨガのためになるようなことは何かされていますか?」
「そうですね、あ!最近オーツミルクにハマっていて。フラペチーノのような、甘い飲み物をやめたりとか…」

ここまで聞いて、私の表面上だけの薄っぺらなインストラクター活動に気づいたのだろう。安藤は「時間の無駄」と言わんばかりに、ちらりと腕時計に目をやるのだった。

次の瞬間―。

「わかりました。今日は、お忙しい中、ありがとうございました。アンバサダーの件については、近日中に改めて連絡します」

あろうことか、いきなり話を切り上げられてしまった。

― 感じワルッ!人のことを呼びつけておいて、あの態度…。失礼なんじゃない?

私は、安藤の癪に障る態度にイライラしながら、オフィスを出て、都営大江戸線の乗り場へと向かった。

その道中。

近日中…と言っておきながら、彼からの連絡はすぐにきた。

安藤:大変申し訳ないのですが、今回はご縁がなかったということで。今後、実際にクラスを持つようになったら、またご連絡いただけたらと思います。

「何それ、レッスンをしていない人は、アンバサダーになれないって言うの?」

私のいら立ちは、ピークに達した。

そんな私に、追い打ちをかけるような出来事が起こる―。


安藤との面談から、1週間後。

いつものようにInstagramを徘徊していると、“マイ”の投稿に指先がピタリと止まった。

『この度、アンバサダーに就任しました!着心地抜群なウェアで、今からレッスンです』

先日安藤と面談をした、あのスポーツウェアブランドのアンバサダーの1人に、マイが選ばれたというのだ。

― は?嘘でしょ、なんでこの子が…!

マイは、クラシックバレエの世界では、ちょっとした有名人だ。

年齢は25歳。少し前に、怪我をしてバレエを引退した。

今は、スラッとしたしなやかなスタイルを活かして、モデルとヨガインストラクターの活動をしている。

直接の面識はない。しかし、“モデル”と“ヨガインストラクター”という同じ肩書に、勝手にライバル意識を燃やしていた。



悔しいので、マイのInstagramからすぐに目をそらした。しかし、どうにも気になって、もう1度開く。

じっくり見てみると、以前は気に留めなかったけれど、ヨガスタジオでのレッスン風景の写真が何枚も投稿されていた。

― はあ…。やっぱり、レッスンしてないとダメってことね。

一面真っ白な壁に、正面には大きな鏡があるスタジオの写真。横に併設されたコールドプレスジュース専門店の前で、マイが微笑んでいる写真もアップされている。

― あ…このジュース専門店、昔、PRの仕事で行ったことがある。

一時大盛り上がりしたその店には、今も人気のインスタグラマーたちがこぞってやってきているようだ。

タグ付けされた投稿をよく見かけるのは、人気が衰えていない証拠だ。

― ここで撮った写真が、映えないわけないよね。また、マイのフォロワーが増えるかも…。

私は、アンバサダーの座を狙って“いいね活動”はしているものの、成果は一向に上がっていない。

そこにきて、マイのこの活躍ぶり。

嫉妬が8割、焦りが2割の感情が、ドッと押し寄せてくる。

― やっぱり私も、レッスンをしなくては―。

本音では、レッスンなどしたくはない。けれど、このままでは、自分が埋もれていってしまう気がしたのだ。

幸いにも、求人を探してみると、インストラクターの募集はいくつもあった。

これは、今の自分にとってチャンスなのかもしれない。

― 私なら、どうせすぐに、採用されるでしょう。

甘い考えで、問い合わせをした。



「もしもし、ご応募いただいた、ヨガスタジオの採用担当のものです。エリカさんのお電話でよろしいでしょうか?」

ホームページにある応募フォームに記入を済ませて送信すると、すぐに折り返しの連絡がきた。

だが、次の言葉に、私は耳を疑った。

「ぜひオーディションをさせていただきたいのですが、ご都合のいい日を教えて…」

― オーディションって、何?女優やモデルの仕事でもないのに。

意味がわからず、話に割って入る。

「あの、オーディションというのはどういう?」
「模擬レッスンみたいなものです。エリカさんがどのようなレッスンをするのか、私たちが生徒役になって拝見します」

採用担当者は、続ける。

「レッスンの雰囲気や内容、それとエリカさんのスキルチェックも兼ねています。オーディションを通過したあとは、面談をして…」
「すみません、今スケジュール帳が手もとにないので。予定を確認して折り返します!」

そう言って、電話を切った。

― 無理、面倒くさいっ!そんな見せ物みたいなこと、したくないんですけど。

こうして、私は折り返しの連絡をすることをやめた。



企業のInstagramに“いいね”をすることもやめた私は、ダラダラと過ごすようになっていた。

― 私って、一生本物のヨガインストラクターにはなれないだろうな。ヨガの教え?とかあったけど、全然ハマらないし。

大金を使って、ハワイに行ってまで資格を取ったというのに、早くも無駄になろうとしている。

そのとき突然、“ランチ会4人”のLINEグループにメッセージが届いた。

4人ともフォロワー5万人超えという、インスタグラマーのグループ。メンバーにはメイクや旅専門の投稿をしている子、フリーランスのライターもいる。

『来週あたり、ランチしない?』

― ランチね…最近ずっと断ってたし。気分転換に、行こうかな!

私はそのランチ会で、メンバーの1人から、ヨガに関する“ウマい話”を持ちかけられることになるのだった―。

▶前回:「彼にもらった留学費用200万円が、80万も余った」お金を返したくない女がとった行動

▶1話目はこちら:「私に200万円投資して」交際中の彼に懇願する、自称・モデルの女。お金の使いみちは?

▶NEXT:11月30日 水曜更新予定
「ねぇ、レッスンしてみない?」知人から持ちかけられた、ウマい話の内容とは…。


 
   

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