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犬の吾輩が人間の社会を観察して気付いた「資本主義社会の常」

幻冬舎ゴールドライフオンライン

好奇心旺盛で多趣味なご主人と明るい奥さん、すくすく育つ息子に囲まれた飼い犬・マックス。「寝て、散歩して、食べて、また眠る」それだけと侮るなかれ。家族の日常、そして奇妙な人間社会を犬の目から語るワンダフル・ストーリー。※本記事は、高見龍也氏の小説『吾輩は犬である』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

人間の社会を観察していると、上司からのキツイ叱責、会社の倒産による失業、不景気による希望退職による転職など、失意のどん底に陥(おちい)る場面があるようである。これらが起こるのは、ご主人の言葉によると、「資本主義社会の常」だそうだ。

ご主人も現在は公務員として中学校で英語の教員をしているが、若い頃は民間企業で働いた経験もあるし、失業保険を受給していた時期もあるらしく、資本主義制度の荒波に揉(も)まれ、骨の髄まで資本主義の厳しさを知ったらしい。

かといって共産主義においては、一生懸命に働いても怠けて働かなくても同じ給料なので一生懸命に働くことが馬鹿馬鹿しくなり、経済の停滞が著しく、怠け者が増え、ソビエト社会主義共和国連邦及び旧東欧圏の国々の経済は破綻(はたん)したそうだ。

中国では、財産の一部私有を認めたために経済が著いちじるしく発展したそうだが、一党独裁が強化され、言論の自由もない恐怖政治が行なわれているらしい。

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吾輩のような犬には思いも及ばないが、人間は「布団乾燥機」のような素晴らしい文明の利器を発明してきたのに、こと社会制度、経済制度においては、まだまだ完成の域にはほど遠いのではないだろうか?漱石が生きた時代には、日本には社会主義思想も広まっていなかった。

日本では、一九〇一年に社会主義政党である社会民主党が結成されたが、漱石は一九一六年に四十九歳で没した。彼だったら、人類のその後の歴史における経済制度の対立をどう考えただろうか? 「We are the 99%. (我々は、資本家から搾取(さくしゅ)されている側の九九%の人々だ)」と叫びながらアメリカのウォール街を行進しただろうか?

何はともあれ、強欲に支配されない社会や強権的独裁に陥らない社会を考え、作り上げる天才の出現を期待したい。

さて、話を元に戻して、令和二年の資本主義社会の日本において、どんなに有名大学、難関大学を卒業しても、その後社会人となって心が折れ、自殺するとか家の中での引きこもりになっては元も子もない。ということは、人間が成長していく上で、多くの知識を得ることだけに偏らず、「折れない心」を育てること、「心が折れないで辛さを和やわらげたり辛さを忘れる心の技術・テクニック」を身につけることも重要視されなければならない気がする。

「折れない心」は、どうやったら育つのだろうか?

一九六四年の東京オリンピックのマラソンで銅メダルを獲得した円谷(つぶらや)幸(こう)吉(きち)氏だって後に「幸吉は、もうすっかり疲れきってしまって走れません」と遺書(いしょ)に綴(つづ)って自殺した。バスケットボールの強豪校大阪市立桜宮高校の生徒も教師からの叱責、体罰を受けて自殺した。となると、スポーツをすれば「折れない心」が育つという定理は成立しない。

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