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【イタコはいま】 ① 日本人の心のありようを見つめて 「最後のイタコ」松田広子さんに聞く

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 「イタコ」という職業をご存知だろうか?
 そう、亡くなった人の霊魂をあの世から呼び出して、その魂を自分に乗り移らせて現世で話をすることが出来る能力が備わるとされる女性のことを指す。

 縄文時代にはすでに存在したという「巫女(みこ)」としてのイタコ。各集落にいて、大きな催事の相談や占いなどの相談に乗る「地域のカウンセラー」だった。

 そして目の不自由な女性ができる仕事でもあった。生活手段として、三味線を弾いて歌う「瞥女(ごぜ)」になるか、「口寄せ巫女」すなわちイタコになるか。かつては食糧事情や衛生事情が悪いことから失明するものも少なくなかった。そんな時代にイタコという職業は「一つの弱者救済のシステム」でもあったのだ。

 日本全国にいたというイタコ。「神様」、「ごみそ」、「おがみさん」などいろいろな呼び方が日本各地に残っているが、イタコという呼び名は東北の北部に限定されている。

 明治初期には500人ほどがいたとされるイタコだが、都市化の波や目の見えない女性に対する福祉政策の導入などによって次第に減っていく。

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 そして現在は青森県、岩手県、宮城県の一部の東北地方だけに残る存在となってしまった。それを「南部イタコ」という。残された南部イタコの中で最も若いことから「最後のイタコ」といわれる松田広子(まつだ・ひろこ)さんに話を聞いた。

 「歌は世につれ人は世につれ」とよくいうが、まさに松田さんのもとを訪れる人々の心のありようは景気、災害など世相を色濃く反映したものであるという。

 1972年青森県八戸市で生まれた松田さん。’91年7月に下北半島の霊山・恐山の夏の大祭でイタコとしてデビューし、すでに30年以上の経験を有している。

 まず驚いたのが、’95年の阪神淡路大震災のあと、関西から続々と人が相談にやって来たことだと松田さんは振り返る。そして、2011年3月11日に起こった東日本大震災は巨大津波を引き起こし、多くの人命を奪った。相談者はさらに多かった。

 松田さんは、一家全員が亡くなってしまった人、奥さんと子どもを失い一人きりになってしまった男性などに出会った。松田さんは「亡くなった人を呼んで、(いまだに見つからない)骨がどこにあるのか聞きに来た人もいた」という。

 一般的な相談では「相続」や「墓じまい」の相談が増えているという。「親が亡くなった後の母屋をどうしたらいいのか、亡くなった方の意向を聞きたいというのです。そして、みんな頑張って生きているから安心してと仏さまに伝える人もいるのです」と松田さん。

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