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【小説】「悪意と無縁の人生を送ってほしい」我が子に願う思い

幻冬舎ゴールドライフオンライン

自分は特別な存在だと信じ、自由に生きるために他人とは違う生き方をしようと試みる尚。大学卒業後にはもう少し親のスネをかじって自由気ままに暮らそうと考えていた尚だが、父親の死が訪れて……。※本記事は、中原尚氏の小説『羽ばたくことのない鳥たちへ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

六月二十八日(横浜市港北区)

早期の英才教育が子供の人生に必要不可欠なものだとは思わないが、やっておいて損はないだろう。特に、語学学習は早ければ早いほど効果が大きいことは脳科学的にも実証済みだという。子供にできるだけ苦労をさせたくないと願うのは真っ当な親心だ。早くから準備を始めることで良い学校へ進み、人生の選択肢が増えてくれるのであれば、親としてもそれに越したことはない。

栞は言葉を話すのも比較的早かったし、親の欲目を差し引いても才能はある方だと思う。運動神経も決して悪くない。家計は今以上に苦しくなるけれど、これも将来への投資と思ってやり繰りしていくしかない。

大学進学までの学費を考えれば、学資保険や私の生命保険といったことも真剣に考えておいた方が良いかもしれない。英会話と水泳で月々ざっと二万円といったところだろうか。私は頭の中でそろばんをはじいた。

「ねえ、夏休みはいつ頃取れそう?」

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「八月の後半くらいかな。仕事がどうなるか次第だけど」

「今年も沖縄かしらね。三泊四日で」

「いいよ。Wi-Fiがあるならどこでも。場所も予算も真子に任せるから、良さそうなところを探しといて」

夏休みは毎年家族で旅行に出かけている。夏のボーナスを奮発した年に一度の贅沢だ。子供ができる前は夫婦であちこち海外を巡ったりもしたが、栞が生まれてからは安全面や衛生面を考えて国内旅行に落ち着いた。

ただ、仕事は待ってくれないので、どこに行こうとメールは常にチェックできるように心掛けている。去年の夏休みも、リゾートホテルのプールサイドで栞を遊ばせながら片手で仕事用の携帯電話をチェックしていたら、真子に怒られた。家庭と仕事の両立は簡単ではない。「どちらが」ではなくて、「どちらも」大事なのだ。

淡いフットライトが照らす廊下を抜けて、木目調の寝室のドアをそっと開くと、キングベッドの真ん中で大の字になった栞が全身全霊で眠っている。起こさぬよう静かに隣に身を横たえると、すーすーという控えめな寝息と一緒に、桃のような、レモンのような子供と赤ん坊が混じり合った甘酸っぱい匂いが鼻孔をくすぐった。

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