あえて飲まない“ソバーキュリアス”が流行っている今。
でもやっぱりシャンパンが好き!
港区界隈に夜の帷が下りる頃、あちこちで「ポン!」と軽快な音を立ててシャンパンが開く。
そこに突如として現れる美麗な1人の女がいる。
彼女の名は、天堂麗香。人呼んで「ポン女」。
港区とシャンパンをこよなく愛し、この地の治安と経済の発展のために生きる伝説の女。
今夜、港区のどこかでシャンパンを開栓してみたら、わかるはず!
きっと、彼女は現れる…。
◆これまでのあらすじ
恋人に婚約を解消された菜々子。寿退職するつもりだったから同時に職も失った。そんな時友人から紹介された天堂美容クリニックで働くことになったが…。
▶前回:「自分だけ幸せになるなんて許せない」婚約破棄された27歳女が決行した復讐とは
Vol.3 大人の関係ってどういう意味?
菜々子が天堂美容クリニックに勤め始めてから2週間が経った。
「菜々子、それ夕方5時までに終わる?」
菜々子は、朝からクリスマス美容セットの梱包に手を動かし続けている。
麗香の知り合いのインフルエンサーたちに手紙をつけて送るのだ。
「どうでしょう?仮に時間までに発送が終わっても、新年に発売するニューイヤーキットのニュースリリースを作って、明日収録のテレビショッピングの台本もチェックしないと」
「でも、今日のパーティーはいろんな人が集まるから、一緒に来てほしいのよ」
前任のいづみが辞めてから、オンラインショップの在庫管理からPR業務、そして麗香の付き人のような役割もあり、毎日とにかく忙しい。
菜々子たちが仕事をしているオフィスは、クリニックの階下にあって、ほとんどそこに缶詰状態だ。
聞いたところ、クリニック自体も数週間先の予約を取るのも大変なほど繁盛しているそうだ。
「麗香さんがこの界隈の経済を回している」と前任のいづみが言っていたが、彼女に人を惹きつける魅力があるのは、間違いない。
「頑張りますけど、また今日もランチ抜きですね…」
麗香相手に、こんなふうにボヤくことができるようになったのは、婚約破棄から立ち直った証拠かもしれない。
「でも私たちには“麗しの燕コラーゲンゼリー”があるから大丈夫!」
麗香がパウチ入りのゼリーを手渡した。
「えぇ、まあ…」
あまり乗り気じゃない返事をしつつ、ゼリーを受け取る。
「ランチぐらいなによ。うちで働くようになってから、菜々子痩せたし、最近可愛くなったって言われない?」
確かに、失恋の痛手もあり、菜々子はここ数週間で体重が4キロ落ちた。
ランチ代わりに麗香自身が開発したコラーゲンゼリーを与えられ、それをチューチューする毎日。だが、おかげで失恋は、遠い過去の話になりつつある。
それに、ゼリーの効果だろうか。食べていない割に肌艶もいい。
そんな菜々子に、先日は麗香がドルチェ&ガッバーナのドレス2着をお下がりしてくれた。
「こんなピタっとしたドレス、着たことないんですけど…」と怯むほど、どちらも繊細な黒いレースのボディーコンシャスなワンピース。
しかし、恐る恐る試着すると、上品な膝下丈で、すっきり痩せた菜々子の体を美しく際立たせた。
「嘘みたい…」
鏡に映る自分の姿に驚いていると、麗香が肩越しに鏡を覗いた。
「いやーん、菜々子ってば可愛いじゃなーい」
そして、麗香は全身をまじまじと見ながらこう言ったのだ。
「靴は自分で買うのよ。清水の舞台から飛び降りるつもりで、いい靴をね」
◆
夕方、東京アメリカンクラブのロータリーでタクシーを降り、麗香と2人、パーティー会場に入っていく。
「麗香さん、菜々子さん!」
エントランス付近で先に着いていたいづみが2人の姿を見つけ、駆け寄ってきた。すでに退職したいづみだが、引き継ぎを兼ねて今日ここに来るよう、麗香が声をかけてくれた。
「よかったです。いづみさんが一緒で」
喜ぶ菜々子にいづみが言う。
「すぐ辞めちゃうかと思ってた。よかったわ。あなたの前に採った人、2人連続して3日以内に辞めているもの」
― あー、なんかわかるような気がする…。
いづみの話を聞いて菜々子は1人納得する。
麗香はすでに会場に入っていってしまった。バンケットの奥には、シャンパンタワーがシャンデリアの光を受け、キラキラと輝いている。
「麗香さーん!会いたかったー」
長身だが、タイプの違う3人の女性が、麗香を囲み、談笑し始めた。
「あ、あの子、モデルの松実キイナ」
気づいた菜々子に、いづみが耳打ちした。
「あの3人のほかにあともう1人いるの。麗香さんの取り巻きで、私は“ポン女シスターズ”って呼んでる」
菜々子はププっと吹き出してバンケットの3人の方に目をやる。
「あら?アサヒは一緒じゃないの?」
麗香が彼女たちに聞くと、そのうちの1人が答えた。
「誘ったんですけど、連絡なくて」
「あら、そうなの?なにか相談あるって言ってたんだけど」
麗香が小さなヴァレクストラのバッグから、iPhoneを取り出した。と同時に、それは小刻みに振動し始めた。
「ちょうどアサヒから着信だわ」
麗香が応答ボタンを押す。すると…
「助けて!麗香さん!」
iPhoneの向こうから危機の迫ったような声が漏れ聞こえてきたのだった。
「で?今、あなたはどこにいるの?どうにかするから少し待ってて」
麗香はバッグにiPhoneをしまうと、クルッと振り向いた。その先にいるのは、菜々子だ。
「菜々子、ちょっと一緒に来て。いづみは、後をよろしく」
そう言うと、カツカツと急ぎエントランスに向かっていく。2人でロータリーからタクシーに乗り込むと、麗香は大きなため息をついた。
「椎木アサヒっていう女優がいるんだけど、六本木のあるレストランのトイレから電話をかけてきたの」
「何かあったんですか?」
麗香によると、彼女はマネージャー、そしてテレビのプロデューサー、脚本家たちと食事に行った。個室でイタリアンのコースを食べ、あとはドルチェだけという最後の方になって、彼女は気づいた。
電話をかけると言って部屋を出たっきり、マネージャーと脚本家が戻ってこないことに。
「この後の展開、わかるわよね?」
テレビの主演をバーターに、大人の関係を求められたアサヒは、断る勇気もなく麗香に助けを求めてきたというわけだ。
「そんな話、ドラマの中だけかと思っていました」
「何言ってるの、現実にあるからドラマになるんじゃない」
そうこうしている間に、車は指定された店の前に着いた。
「こんばんはー。オーナーいる?」
麗香は勝手知ったる様子で、レセプションの男性に伝えると、ウェイティングバーでシャンパンをオーダーした。
「さ、菜々子も飲んで!」
仕方なく菜々子も泡が注がれたグラスを仰いだ。
まもなくオーナーがやってきた。
「麗香さん、突然お見えになるなんて。個室がいいですよね?」
「椎木アサヒっていう女優が食事をしているはずだけど、隣の部屋空いてる?それとお願いがあるんだけど…」
階段を上がり、2階の個室に通された。麗香はこれから起こることを気にする様子もなく、ボッタルガの前菜をルンルンでつついている。
その時、隣の部屋から大きな声がした。
「何言ってるんだ、この間は大丈夫だったじゃないか!」
会計のために出したクレジットカードが使えず、予備に持っている別のカードを出したところ、取り扱いがないと断られたことに腹を立てているようだ。
「オーナーを呼んで参りますので少々お待ちください」と謝るカメリエーレの声が聞こえる。
麗香が、アサヒの連れの男性を引き止めておいてと頼んだから、カメリエーレも演技をしているのだ。
「ほら、菜々子。出番よ」
麗香が急かす。
― はぁ…。出番と言われても…。
菜々子は渋々立ち上がった。
隣の部屋のドアは空いていて、通り際に覗くとテーブルには横柄な態度の男と、美しい女性がいた。
「あら?アサヒ?なんでこんなところにいるのよ!待ってたのに」
菜々子が声をかけると、すぐに麗香の差し金だと気づいたようだ。すがるような表情で立ち上がった。
「ごめんね、連絡しなくて。私…」
「食事終わったの?もしよかったらお連れの方も一緒に今からアメリカンクラブに行かない?」
そこまで言った時、麗香もやってきて口を挟んだ。
「そうしましょうよ、アサヒ。クライアントの方々は、あなたが来るのを楽しみに待ってたのに。あら、ごめんなさい。お仕事のお話中だった?」
そう言って麗香はバッグから名刺を取り出し、男性に挨拶をしようと部屋に入る。
「なんだ。アサヒちゃん用事あるなら最初に言ってよ。引き止めちゃってごめんね」
突然その場を取り繕い、スマホをジャケットの内ポケットにしまう男性。
「僕、今日名刺持っていないんで。また何かの機会に」
そして彼は、カメリエーレに「1階で現金で払うから」と伝えると、そそくさとその場を後にしたのだった。
「麗香さん…ありがとうございます…」
アサヒの目は潤んでいた。
「芸能界ならよくあることだから、気にしちゃダメよ」
アサヒを元気づけるが、その言葉には麗香なりの毒を孕んでいた。
個室に戻り、麗香はアサヒに座るように促した。
「テレビの主演の話があるから、プロデューサーと食事をしようってマネージャーに呼び出されて…。いきなり主演なんておかしいとは思ったんですが」
麗香はじっとアサヒの話を聞き、「ハメるなんてひどい」と一旦は同意したのだが。
次に口を開いた時の言葉は、意外なものだった。
「芸能界って変わらないね。でも本当に世の中に求められる才能があるなら、何もしなくても導かれて売れるわ。
ただ、たいがいの人はそこまで才能がないから、努力をするしかないんだけどね…。何かを犠牲にするのは悪いことじゃないわ。
私は頑張れず諦めたタイプ。でもそういう努力なくしてここまで来たんだから、アサヒはすごいわよ!才能ある!」
アサヒは麗香の言葉にじっと聞き入っていた。
◆
1ヶ月後。
菜々子が、麗しの燕コラーゲンゼリーをチューチューしながら、ネットニュースを見ていた時のこと。
「麗香さん、来春のゴールデン枠でのドラマの主演、アサヒさんみたいですよ?知ってました?」。
「あら、そうなの良かったわね」
我関せずと麗香は答える。
画面の中のアサヒは自信に満ち、以前にも増して美しかった。
「やっぱあのプロデューサーと…」と言いかけた時、麗香が遮った。
「女優って、大っ嫌いな人と恋人同士を演じなければいけないこともあるのよ。そこにカメラがあるか、ないかってだけで…。そういうものよ」
そこまで言った時、麗香のiPhoneが鳴り、彼女は楽しそうに通話を始めた。
― この前、私にはできなかったって言ってたけど、麗香さんって一体…。
麗香の過去が気になり始めた菜々子だった。
▶前回:「自分だけ幸せになるなんて許せない」婚約破棄された27歳女が決行した復讐とは
▶1話目はこちら:港区でシャンパンが開く場所に、なぜか必ず現れる女。彼女の目的は一体…
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