スマートウォッチが全盛の今、あえてアナログな高級時計を身につける男たちがいる。
世に言う、富裕層と呼ばれる高ステータスな男たちだ。
ときに権力を誇示するため、ときに資産性を見込んで、ときに芸術作品として、彼らは時計を愛でる。
ハイスペックな男にとって時計は、価値観や生き様を表す重要なアイテムなのだ。
この物語は、高級時計を持つ様々な男たちの人生譚である。
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Vol.7 航空会社パイロット・義孝(35歳)の一人暮らし
「この景色、いつまでも見ていられるなぁ」
夏も終わり、秋の訪れを感じる9月の朝。
窓の外の空を飛ぶ、飛行機を眺めながら義孝はつぶやいた。
港区、港南エリアのタワーマンションの39階で、夕方のフライトまでのゆったりとした時間を過ごしていた。
日系の航空会社でパイロットをしている義孝は、1ヶ月前に、この部屋に引っ越してきたばかり。
朝コーヒーを飲みながらこの景色を眺めるのが、義孝の至福の時だ。
そのとき、LINEの通知が1件届いた。
『次はいつ会える?そろそろ家にも行ってみたいなぁ』
同じ会社に勤める29歳のCA里佳子だ。
フライト先のシンガポールで食事をしたことがきっかけで、デートするようになった子だった。
『家は、まだ片付いていないから…。そういえば、今度、飛行機のイベントがあるから一緒に行かない?』
義孝はお気に入りの時計ブランドが協賛する世界的な“エアレース”に誘ってみた。
『うわぁ~行ってみたい♡』
里佳子と出会った当初は、可愛い子だなと思いデートを楽しんでいた。
しかし最近、彼女面をするようになり、だんだんと面倒になってきている。
航空ショーで少年に戻る男
「すごーい!迫力満点だね!」
1ヶ月後の週末。
義孝は、里佳子を連れて、東京近郊の海沿いで行われている世界的な飛行イベントの会場を訪れていた。
最高370kmもの速さで“空を飛ぶレース”で、パイロットたちが鎬を削る。
義孝はこの日のために、1席40万もするVIPチケットを2人分購入していた。
里佳子は、海沿いにもかかわらずボディーラインを強調した白いワンピースに、ピンヒール、そしてセリーヌのラゲージバッグで現れた。
「ちょっと里佳子、飲みすぎじゃない?」
VIPラウンジで里佳子は、レースそっちのけで、シャンパンを飲んでいる。
「え~明日も休みなんだもん、フリーフローだし飲まなきゃね」
― あぁ、1人で来たほうが楽しめたかも。
シャンパンを5杯も飲み千鳥足の里佳子を置いて、義孝は1人でVIPエリアの外のテラス席に移動した。
その時、60代くらいのおしゃれな紳士が、義孝に声をかけた。
「よかったら、こちらに座ってください。飛行機がよく見えますよ」
「あ、ありがとうございます。でも…いいんですか?」
「もちろん。僕も飛行機が大好きで」
彼は、義孝が着けている時計、ブライトリング社の「ナビタイマー AOPA 01」を見て嬉しそうに反応した。
「その時計、君もブライトリングオーナーだね」
そう言う彼の腕には、義孝と同じブライトリング社の「ナビタイマー B01 クロノグラフ 46」が光っていた。
お互い“翼”のマークが入った時計を見せ合う。
「ええ、この翼のマークが、より歴史を感じさせますよね、僕もパイロットなのでブライトリングに感銘を受けて購入したんです」
義孝の愛用しているモデルは、世界最大のパイロット協会AOPA(Aircraft Owners and Pilots Association)の公式ロゴマークの“翼”が文字盤にデザインされた世界限定500本の限定モデルだ。
1952年、創業者のブライトリングが、AOPAからパイロット用の新しいクロノグラフ(ストップウォッチ機能付きの時計)の製作を打診され、パイロットの腕に装備する“計器”としての時計を制作したことが、“ナビタイマー”の始まり。
飛行機好きの間では、人気がある時計だ。
偶然の出会いに乾杯をした2人は、そのままテラス席で、共にエアレースを観戦した。
「そういえば、1人でいらっしゃったんですか?」
「ああ、この年になって会社を売ってリタイアしたからね。今は好きなものばかり追い求めて、楽しく生きてますよ」
『義孝さん、どこにいるの?』
途中、里佳子からのLINEが入るが、義孝は、お得意の既読無視をした。
― やっぱり俺は飛行機、そして空が好きなんだな。
義孝は、空をアクロバティックに飛ぶ機体を見て、胸が久しぶりに熱くなるのを感じた。
パイロットという夢を目指していた中学生の頃見た、小型航空機。
「空を飛ぶってどんな感覚なんだろう」と思い描いていた、若い頃の“本当の自分”に戻れたようだった。
お目当てのレース終了後、紳士に「ありがとうございました」と言って義孝は席に戻った。
「……いい加減にして。なんで1人にするのよ」
里佳子が、強張った表情で腕を組んで待っていた。
「ごめん、つい夢中になっちゃって」
「……義孝さんって前から思っていたけど、なんていうか、私に興味ないでしょ?」
義孝は、パイロットになりたての頃に付き合った彼女にも「私に興味ないでしょ?」と言われたことを思い出した。
航空大学時代は、女性との関わりがほぼ皆無だったが、パイロットになった途端、モテるようになった。
しかし、もともと女性と関係を深めるのが苦手だったため、どう対応してよいかわからなかった。
そのため、女性が勝手に義孝に近づいてきては、「なに考えているかわからない」などと言われ、勝手に去っていくことが多い。
「社内のCA内でも、女に興味ないのかもって言われてますよ」
義孝は「ごめん、最寄り駅まで送るよ」と言ったが、「もういい。続き楽しんでくださいね」と里佳子は冷たい表情で言い放ち、1人で帰っていった。
肩を落とす義孝に、一部始終を遠くから見ていたさっきの紳士が駆け寄って、ポンポンと肩を叩いた。
「まぁ、女性や家庭だけが人生じゃないさ。趣味や仕事を大事にして生きていくのも、楽しいもんだよ」
偶然の出会いを果たした人生の先輩である紳士からの助言は、今の義孝の胸に心底響いたのだった。
― 熱くなれる仕事や趣味を大切にして、生きていくのもいいな。
◆
1ヶ月後。
休日の昼間、義孝は、「ブライトリング ブティック 銀座」にいた。
エアレースの会場で紳士と出会い、少年の心を取り戻した義孝は、“飛行機が好き”という自分の価値観を大事にしようと改めて決意した。
そこで、航空雑誌に連載されていた「ナビタイマー REF. 806 1959 リ・エディション」を購入することにしたのだ。
値段は約100万円だが、発売当時のデザインを細部まで復元した限定モデルで、1959本限定だと思えば高くない。
この「1959」という数字は、1959年当時のパイロットたちが装着していた計器としての時計の歴史にちなんだものだ。
時計を着けると、義孝は当時のパイロットたちの思いを引き継ぐような気持ちになった。
パイロットのための実用的な“計器”。それが、ブライトリングのパイロットウォッチ「ナビタイマー」だ。
「着けて帰りたいんですけど、いいですか?」
義孝は自身の2本目となるナビタイマーを着け、秋晴れの銀座の街を歩く。
義孝は空を初めて飛んだ時の感動、そして少年の頃からの熱い思いを胸に、これからもこの時計を相棒として仕事に邁進することを決意するのだった。
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