スマートウォッチが全盛の今、あえてアナログな高級時計を身につける男たちがいる。
世に言う、富裕層と呼ばれる高ステータスな男たちだ。
ときに権力を誇示するため、ときに資産性を見込んで、ときに芸術作品として、彼らは時計を愛でる。
ハイスペックな男にとって時計は、価値観や生き様を表す重要なアイテムなのだ。
この物語は、高級時計を持つ様々な男たちの人生譚である。
Vol.1 不動産投資会社経営・隆之(35歳)の運命の出会い
「気分がいいからシャンパンでもいれようか」
新進気鋭の大将が営む西麻布の鮨店で、隆之は「ドン・ペリニヨン」をボトルで注文した。
「わ~嬉しい!私、泡好きなんです!」
隆之の隣に座る“今日のデート相手”が、わざとらしく喜ぶ。
隆之は、不動産系ベンチャー企業の代表だ。昨今の不動産バブルの波に乗り、業績は右肩上がり。
また、「イケメン社長」とメディアで取り上げられるほど端正な顔立ちの隆之は、港区界隈ではモテ男としても名を馳せていた。
そんな彼の口癖は「女性は予約困難店、鮨、シャンパンなどブランドに弱い」。
今夜もこの言葉を体現するかのように、話題の店で高級シャンパンを撒き餌に、若き美女をもてなすことで隆之自身の自尊心を満たしていた。
「こんなに素敵な店の常連になれるなんて、隆之さん凄い♡」
供される鮨を最新式のiPhoneで撮影しながら、みえみえのお世辞を発する女性を、隆之はいつもの癖で分析していた。
バレンティノのパンプスにオフショルダーのワンピース。長めの前髪をかきあげながらにっこりと隆之に笑いかける姿は、隙がなくいかにも男慣れしている。
― 女なんて、所詮みんな同じだ。
だが、隆之はそんな女性たちが嫌いなわけではない。むしろ、自分と同類だと感じていた。
事業の成功で手に入れたお金で女性を喜ばせ、その様を見ることで自分も満たされる。いわば、Win-Winの関係なのだ。
― この娘とは2度目は無さそうだ。そろそろ帰るか。
そんなことをぼんやりと考えながら、時間を確かめようと目を落とす。
その視線の先には、黒く光る高級時計が光っていた…。
ある女性との出会い
― ここら辺が蔵前か。最近雑誌で東京のブルックリンって特集してたけど、下町だな。
鮨ディナーの翌日、隆之は、浅草の老舗料亭で大きな商談を終え歩いていた。
港区界隈以外で飲むことの少ない隆之だが、商談が無事に決まった安堵感もあり、浅草から近い蔵前で一杯飲んでいくことにした。
店を探すために歩いていると、1本の路地を入ったところに「BAR」の文字を発見した。ガラス窓からは、ぼんやりとした温かな明かりが漏れている。
隆之は、運命に導かれるように扉を開いた。
「いらっしゃいませ」
品の良いバーテンダーが、にこやかに隆之を出迎えてくれる。店内はカウンターのみだが、造作もよくセンスの良さを感じさせる店のつくりだ。隆之はひと目でこの店を気に入った。
「素敵なお店だね。マッカランをロックで頼むよ」
連日の派手な宴に疲労していた隆之は、知らない土地でひとりバーで飲むという非日常感に高揚していた。
すると、カウンターの奥にひとりの女性が座っているのが目に入った。
― 綺麗な人だな。
その女性は、ひとりでワインを楽しんでいた。
白いTシャツにジーンズというラフないで立ちだが、スッと背筋を伸ばして椅子に座る姿に気品を感じる。
「マスター、あの女性にグラスシャンパンをお願いします」
マスターが、「あちらの男性からです」とグラスを女性の前に置きシャンパンを注いでいたとき…。
「いかにもって感じですね……」
― えっ、“いかにも”ってどういう意味だ!?彼女が言ったのか?
「シャンパンお嫌いでしたか?失礼ですが”いかにもって”どういった意味で?」
「だってひとりで飲んでいる女性にシャンパン奢るなんて、い・か・に・もじゃないですか。昔のドラマみたい」
― 随分と失礼な女だ。
普段、女性から褒め言葉しか聞かない隆之はあっけにとられた。
「ご挨拶もせず失礼しました。不動産会社を経営している隆之です。常連さんですか?」
「私、近くでカフェを経営している誠子です」
隆之は余裕な表情を作り、誠子のカフェ経営の話を聞き出しつつ、左腕に黒く光る時計「ロレックス コスモグラフ デイトナ」をさりげなく見せ、自分の財力をアピールする。
「お、ロレックスのデイトナですよね。私も一度は持ってみたい、憧れの時計です。正規店では入手困難らしく、いまはプレミアがついて500万円前後で取引されてるそうですよ」
年輩のバーテンダーに褒められ、隆之は満足げに微笑む。
このデイトナは、隆之が10年前に起業する際に「この時計が似合う男になる」と、奮発して買った時計だ。
”東京で成功するぞ”という決意を表す象徴的なアイテムということもあり、隆之が大切にしている品だった。
「ロレックス?興味ないなぁ。どうして男性ってブランド物、欲しがるのかしら」
失礼な誠子の物言いに、面白くない隆之はたまらず反撃する。
「男は成功するとステータスを求めるようになるんです。女性だってブランドバッグ、欲しがるでしょ。それと一緒ですよ」
隆之は精いっぱい強がってみせた。「次は、上位モデルを狙ってます」と言いかけて、隆之は言葉を飲み込んだ。そして、こう続けた。
「僕ね、実は九州出身の田舎ものなんですよ。だから、東京で舐められないように、高級時計を身に着けて自分を良く見せようと必死なのかもしれません」
つい先ほどまでは、自信満々だった隆之の突然の自虐に、誠子は驚く。
だが、隆之の思わぬ反応に逆に好感を持った誠子は、子どものような笑顔を見せた。
「隆之さん、正直で楽しい人ですね。シャンパン、せっかくだからいただきます」
玉砕
― 彼女から連絡ないな…。
蔵前で誠子に出会った、あの夜。
はじめこそ誠子の遠慮のない物言いに、腹を立てていた隆之だったが、会話を重ねるうちに裏表のない彼女の人柄に惹かれていた。
そして、別れ際には彼女の連絡先を尋ねた。
翌日すぐに予約困難な店での鮨デートに誘った。だが、2日ほど返信がない。女性からの返信が気になるなんて、久しぶりのことだった。
諦めかけていたとき、隆之のLINEの通知音が鳴る。
― 誠子からだ!
『隆之さん。先日はご馳走さまでした。お鮨だったら、父の知り合いが浅草で経営してるお店でもいいですか?せっかくなら、地元でお金使ってあげたくて』
予約困難店には食いつかず、地元の大衆的な鮨店を指定してくる誠子に隆之は「本当に面白い女だ」と感心し、快諾した。
しかし……。
◆
その週末隆之は、グランド ハイアット 東京のバー『マデュロ』に、仕事仲間と訪れていた。
そのとき、ある女性が目に入った。
妖艶なドレス姿なので印象は違うが、どうやら誠子のようだ。しかも、隣にはダンディーな年上の紳士の姿が。
― まさか…。パパ活?愛人?こういう場所、好きじゃなさそうなふりしていたのに…。なんなんだよ。
動揺を隠すようにウイスキーを煽りながら、隆之は苦い記憶を思い出していた。
上京してきたばかりの頃に、付き合っていた彼女を、年上の金持ちに取られたことがある。その経験から「女性は、結局金になびく」と、達観してしまっていた。
だが、高級時計であるデイトナに興味を示さなかった誠子に出会ったことで、隆之はある期待を抱きはじめていた。
「誠子は金やステータスになびく、他の女とは違うのではないか?」と。
それなのに、誠子は謎の紳士との逢瀬を楽しんでいる。その様を見て「彼女もか…」と、隆之は失望を覚えていた。
◆
「大将、ビールください」
誠子との約束の日。
彼女は、浅草の鮨店で顔なじみの大将に挨拶し、ご満悦な様子だ。
『マデュロ』で見かけた誠子が気になっていた隆之は、思わず尋ねる。
「……誠子さん。週末に六本木のバーであなたを見かけました。デートだったんですか?」
隆之の問いかけに、虚を突かれた表情を一瞬見せた誠子だったが、すぐに笑いながら言った。
「たしかに私、デートしてたわ。でも、”父”とね。男手ひとつで育てくれた父とは、仲が良いの。あの日は親戚の結婚式があってドレスアップしていたので、せっかくだしお洒落なバーで一杯飲もうって話になって」
「えっ?あのダンディーな紳士がお父さん?」
隆之は飲んでいたビールを吹き出しそうになったが、かろうじてこらえた。
「ふー。誠子さんって面白い人ですね。何というか、期待を裏切ってくる」
天真爛漫に笑いながら、鮨をパクパクと食べる誠子。隆之は、そんな誠子に、どんどん惹かれている自分を感じていた。
― 飾らない性格の誠子にだったら、本当の自分を出せるような気がする。
◆
3ヶ月後。
晴天の中、隆之はピカピカになったデイトナを左手にはめて、東京、丸の内にあるロレックスサービスセンターを出た。
オーバーホールに出していた時計を、受け取りに来たのだ。
中身も外装も新品同様になったデイトナを見て、隆之は満足げな表情を浮かべる。
高級時計を持つことでステータスを感じていた隆之は、もういない。
ブランドよりも自らの感覚を大切にする誠子に出会ったことで、隆之は変化していた。
― この思い出の時計を一生大事にしていこう。
そして誠子にプロポーズをすべく、待ち合わせをしている蔵前のレストランへと隆之は向かった。
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慶應卒29歳商社マン。ハイスペなのに、女にモテない意外なワケとは?
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2022年10月6日