「あの子…フツーじゃない!」
そんな風に言われる女たちが、あなたの周りにもいませんか?
― どうしても、あれが欲しい…
― もっと、私を見て欲しい…
― 絶対にこうなりたい…!
溢れ出る欲望を抑えられなくなったとき、人間はときにモンスターと化すのです。
東京にひしめくモンスターたち。
とどまることを知らない欲望の果て、女たちが成り果てた姿とは──?
▶前回:15分前に頼んだUberより早く、食事会に駆け付ける女。彼女のまさかの移動手段とは…
教える女
少しずつ活気が戻りつつあるオフィス。
「自分からデートに誘っておいて、女の子にお金ださせるなんて、そんな男絶対ダメっ!」
その中心に、1人の女がいた。
「イケメンだろうが金持ちだろうが、女の子をお姫様扱いしてくれない男なんて、こっちから願い下げよ」
真っ赤なタイトスカートに、胸元がざっくりとあいた白いシャツ。前髪はワンレンかき上げ、アイラインは目尻を大きく跳ね上げている。
「杏さんがそんなに言うならやめておきます…」
「そうしなそうしな、男なんてごまんといるんだから」
どうやら後輩の恋愛相談に乗っていたようだ。
とぼとぼと自席に戻る後輩ちゃんを見送った杏は、やれやれといった表情でパソコンへと向かう。
杏のところには、なぜだか恋愛相談をしにくる女の子が絶えない。杏自身もまんざらではないと思っているのだが…。
彼女には、誰にも言えない秘密があった。
真剣な表情でパソコンに向かって数時間後、杏はスマホを片手にお手洗いへと向かった。
誰もいない化粧台でひとり、スマホを開く。
「わ、もうこんなに溜まっちゃってるじゃん~」
言葉とは裏腹に、杏の表情はパッと明るくなる。
しばらくスマホを食い入るように見つめると、何やら猛スピードでフリック入力を始めた。
《それは脈ナシかもですね~。男性の本質というものを改めてしっかり考えてみましょう♪相談者さんの場合は…》
そして、慣れた手際でストーリーズにアップ。
閲覧数とイイねの欄を眺めながら、満足げな笑みを浮かべた。
これは、彼女の密かな楽しみなのだ。
自称、魔性の女。
そんな触れ込みではじめた匿名のインスタアカウント。デートの様子や美容、恋愛自論などを地道にストーリーズにアップしていると、じわじわとフォロワーが増加。
そして、ある日突然きた恋愛相談DMに勝機を見いだした杏は、インスタに質問箱を設置。恋愛相談を匿名で受け付けるようになったのだ。
杏の辛口な回答と、漂う魔性っ気がウケ、フォロワーはすぐに2万人超え。
今では毎日10通近くのお悩み相談が、彼女の元へと届く。
まるで恋愛マスターかのような気分で、彼女は世の女性からの恋愛相談に回答するのだ。
◆
しかし、その数時間後。
杏は自宅で浮かない表情をしていた。
「いつになったら来るのよ…。19時までには行くっていってたのに…」
時刻は、20:30を指している。
杏がしびれを切らしはじめていた、そのとき―。
ピンポーン。
「…っ!」
ご主人さまの帰宅を待ちわびていた愛犬さながらの勢いで、杏は玄関まですっ飛んでいった。
「正樹~、お帰り♪待ってたよ~。久しぶりじゃない?」
「あ~、杏~!!俺も会いたかったよ~」
まるでイタリア人かのようなオーバーな身振り手振りで、正樹は杏に愛情表現をする。
杏をぎゅっときつく抱きしめ、これでもかというほど愛の言葉を乱射する。
そして、そのまま…。
2人はそのまま、2人だけの世界へと没入していった。
◆
そして…。
「じゃっ!」
「うん、またね…」
正樹は、帰っていった。
時刻は22:35。滞在時間、わずか2時間ほどだった。
玄関のドアはバタンと大きな音を立て、さっきまで賑やかだった空間に、静寂が訪れた。
一瞬、杏の顔に暗い影が落ちる。
「正樹、私と付き合ってくれないのかな…」
ふと、零れ落ちる本音。
でも、そんな回答、本当は自分が1番わかっている。
同じ状況の恋愛相談が質問箱に来たら、待ってましたとばかりにぶった切るだろう。
でも、杏にはわからないのだ。
どうやったら、好きな人とうまくいくのか。シンプル過ぎることが全然わからない。
今年で33歳、交際経験は0。
正樹みたいなライトな関係の男は、これまで山のように自分の前を通り過ぎて行った。けれど、誰1人として真剣に杏のことを見てくれた人はいなかったのだ。
幸か不幸か、周りからはそんな風には見られない。
イイ女風のファッションを好む杏に、恋愛相談は殺到する。そして、それは杏の自尊心を大いに満たす。
唯一、自分の本当のコンプレックスから解放される時間。
まるで自分がモテていると錯覚できる。そんな感覚がもっと欲しくて欲しくて、見ず知らずの人の恋愛相談までのってしまうのだ。
自分のことは棚に上げて…。
杏は何かにすがるような気持ちでスマホを掴み、インスタを開く。恋愛相談の新着を見ると、杏に安堵の表情が広がる。
そして、いつものように慣れた手付きで打ち始めるのだ。
《その男性の心理は、きっとこうです。あなたとは…》
― 私だって…。私だって、きっと本気出せばモテる。だって、こんなに相談が殺到してるんだから…!
悲痛な願いを込めるかのように、杏は今日も迷える女の子たちへとエールを送る。
そう、彼女は哀しき、勘違いモンスターなのだ。
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やたらと食べ物にこだわる女。
「魔性の女」を自称し、他人の恋愛にダメ出しする33歳。ひた隠しにする“特殊な恋愛経験”とは
2022年10月4日