「あの頃の自分が思い描いていたオトナに、ちゃんとなれてる?」
高校卒業から12年。
これは様々な想いを抱えて上京してきた、男女の物語だ。
恋に仕事に、結婚に。
夢と現実の狭間でもがく30歳の彼らが、導き出した人生の答えとは?
◆これまでのあらすじ
12年前に死んだ千紘の恋人・大和。彼の死に関する真相がとうとう明らかになった。大和はクラスメイトだったムラタクからの電話を切った際、足を滑らせて海に転落したという。
それから半年後、東京に戻った千紘は…?
▶前回:元カレによく似た男が、突然目の前で謝罪を始めて…?彼が頭を下げていた、衝撃の理由とは
夏原千紘、30歳。上京12年目の決意
「よし!今日の仕事は終わったし、そろそろ帰ろうかな…」
そうつぶやいて社内で帰り支度をしていると、話の長い上司が鼻息荒く私のデスクにやってきた。
「夏原、お疲れ!先週の回、すごく評判良かったよ~!」
地元・愛媛から東京に戻って半年。私は相変わらず週刊誌記者としてゴシップネタを追いかけていたが、少し前から小さな短編小説コーナーを任されるようになっていた。
小説家になるという夢は、まだまだ遠いけれど…。少しずつ近づいている気がする。
「じゃあ、お先に失礼しま~す」
上司の話を10分で切り上げ、時計に目をやった。時刻は19時半。約束の30分前だ。
少し早めに待ち合わせ場所の『DAL-MATTO』に入り、店内を見回す。この店に来るのは、1年前に元カレの幸太郎にフラれたとき以来だ。
「ねぇ、次はここ行きたい♡」
席に着くと、隣の席から猫なで声が聞こえてきた。
「どこどこ?…えっ、ジョエル・ロブション?」
「うん!30歳までにロブションへ連れて行ってもらえたらいい女なんだって♡…もうすぐ31歳だけど」
付き合いたてのカップルだろう。甘い会話を聞き流しながらメニューを眺めていた、そのとき。突然、私を呼ぶ声がした。
「うわっ、千紘さん…?」
声のするほうを振り返ると、そこにいたのは予想もしなかった相手だった。
「えっ、なんでいるの!?」
なんと声を掛けてきたのは、この場所で私をフッた幸太郎だったのだ。そして彼の目の前では、猫なで声で囁いていた美女が白ワインのグラスを傾けている。
「…あっ。幸太郎、さん。偶然ですね~。取材ではお世話になりました」
状況を察した私は慌てて敬語でしゃべり、小さく会釈をした。その様子を見た美女は、ホッとした表情を浮かべている。
― まさかフラれた店で、元カレと再会するなんて。それにしても幸太郎、相変わらず大和に似てるなぁ。
フォカッチャを口に運ぶ幸太郎の横顔を見ながら、私は半年前の愛媛での出来事を思い出していた。
大和の死と、その真実
「大和は俺からの電話を切った瞬間、足を滑らせて海に落ちたんだ」
ムラタクこと、村林拓也の突然の告白。
私と亜美、そして浩二と大志くんも言葉を失ったまま、その場に立ち尽くしていた。
大和の死の真相は、ムラタクからの電話を切ったタイミングで足を滑らせ、海中転落したというものだったのだ。
「そうだったのか…」
浩二が蚊の鳴くような声でつぶやく。私を含む4人は掛ける言葉が見つからず、ただ顎をさすりながらうつむくムラタクを見つめていた。
「…だからみんな、自分を責めるのはもうやめてくれ。俺のせいで大和は死んだんだから」
「いや、ムラタクだけのせいじゃないよ。俺だってあのとき、大和と喧嘩しなければ…」
うつむいたままのムラタクに、浩二がそっと声を掛ける。
「私だってあのとき、大志くんを無理やり連れて帰らなければ。でも、ずっと言えなくて。言ったら千紘に嫌われるんじゃないかって…」
ムラタクの告白をキッカケに、それぞれが「あのとき、ああしていれば」という後悔を語り合い、互いを慰め始めた。
それはまるで、12年間ずっと治らないままでいた心の傷を癒すかのように。
そのとき、私たちの様子を黙って見つめていた大志くんが突然、1冊のノートを差し出してきた。
「あの…。これ、皆さんに。兄ちゃんが死んだあと、机の中に残されていたものです」
私がノートを開こうとした瞬間、亜美が小さく「え、それって…」とつぶやいた。
表紙を開くと、1ページ目には大和の字で大きく『千紘上京ヒストリ―』と書かれていた。
「うわあ、大和の字だ…」
2ページ目を開くと、次は亜美の特徴的な丸文字で『千紘の行きたいところリスト』と書かれていて、原宿や渋谷109といったお出かけスポットが並んでいる。
そして3ページ目には、テーマパークのチケットが4枚ほど貼られていた。
「なにこれ…」
すると動揺している私に向かって、亜美がこう言ったのだ。
「千紘の誕生日、3月24日じゃん?その頃にはみんな上京してるから、サプライズで千紘をテーマパークに連れて行こうって計画してたの。そのために大和、こっそり新聞配達のバイトしてたんだよ」
「えっ?じゃあもしかしてあの日、亜美と大和が教室にいたのって…」
亜美の言葉に12年前、2人が放課後の教室で密会していたことを思い出す。
「うん、この計画のため。嘘ついてごめんね」
そう言って亜美は、小さく微笑んだ。私は目の奥がじんわりと熱くなるのを感じながら、必死に涙をこらえる。
「…でもなんで、チケットが4枚?」
「大和が、浩二も上京するから4人で行こうって。あの頃、私と浩二は付き合ってなかったのに。まるでWデートみたいだよね」
…そのときだった。浩二が堰を切ったように泣きだしたのは。
その後、何時間も語り合った私たちは、12年ぶりにようやく友人らしい会話を交わせたのだった。
◆
「うぇーい!お待たせ!…って、ん?千紘?」
我に返ると、スーツ姿のムラタクが私の前に立っていた。
「あ、ごめんごめん。ボーッとしてた。お疲れ」
「大丈夫か?仕事、大変だったの?」
そう言いながら、ムラタクは白ワインを2つオーダーする。愛媛から東京に戻ってからというもの、こうやってたまに彼から誘われ、食事をするようになった。
「じゃあカンパーイ!って、ゲッ…。葉子さんじゃん」
勢いよく白ワインを流し込んだムラタクは、幸太郎と例の美女が座っている左の席に視線を移し、急に気まずそうな表情を浮かべた。
「えっ、何?知り合い?」
彼は「知らん」と言いながら、顎をさする。…半年前、愛媛で大和の死の真相を語ったときと同じように。
「ねぇ、ムラタク。嘘ついてるでしょ?」
「えっ?いや、葉子さんは…。昔、少し好きだっただけ!」
「違う!愛媛のこと!…大和がムラタクの電話を切った瞬間、足を滑らせて海に落ちたって言ってたじゃん。あれ、嘘だよね。本当は電話してないくせに」
「え?いや、ホントだけど…」
そう言ってまた、ムラタクは顎をさすった。
「…知ってる?ムラタクって嘘つくとき、必ず顎をさするの。それに大和と話してるところなんて、一度も見たことないよ。だから電話番号も知ってるはずないよね?」
ムラタクはしばらく黙った後、フォカッチャをオリーブオイルにつけながら「さすがスクープ記者。でも…」と言葉を続けた。
「大和はあの日、事故で亡くなった。今となってはもう、それしかわからないんだよ。大切なのは、残された俺たちがどう生きるかだ」
ムラタクが、ジッと私の目を見つめてくる。
「えっ、何よ?」
「千紘。誕生日、おめでとう」
そう言って突然、ムラタクは真紅のバラを差し出し、私の前にひざまづいた。隣の美女は、ドン引きした表情でこちらを見ている。
「あー!忘れてた!今日、私の誕生日だったんだ!」
「え!?誕生日だから俺に会ってくれたんじゃなかったの…?」
なぜか落胆するムラタクを横目に、私は大和の笑顔を思い浮かべていた。
時間の流れは残酷で、大好きだった大和の笑顔も少しずつ遠くなってゆく。それでも私を突き動かしているのは、まぎれもなく“大和と東京を夢見て過ごした日々”なのだ。
高校卒業から12年。
あの頃の自分が思い描いていたオトナに、まだなれていないけれど。
30歳。まだまだ人生は始まったばかりだ。
Fin.
▶前回:元カレによく似た男が、突然目の前で謝罪を始めて…?彼が頭を下げていた、衝撃の理由とは
▶1話目はこちら:交際2年目の彼氏がいる30歳女。プロポーズを期待していたのに…
30歳の誕生日に彼とディナーを楽しんでいたら…。女が唖然としてしまった、まさかのハプニングとは
2022年10月4日