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写真家・大森克己×編集者・江部拓弥 対談 「おもしろいと感じるものは違っていい。だから余計に楽しいものになる」

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――写真とぴったりくっついていた、写真のすぐとなりにあった見ることの難しいさまざまなことがらについての言葉を収めた――。写真家・大森克己(おおもり・かつみ)さんが1997年から2022年までさまざまなメディアで発表してきたエッセイ、ノンフィクション、書評、映画評、詩、対談などに、コロナ禍の日々を綴った日記を加えた一冊『山の音』が発売された。写真家の出版物でありながら、表紙から著者プロフィールに至るまで一切“写真なし”の462ページ(!)。著者初となる、文章だけでまとめられた同書はいかに誕生したのか? 著書と同タイトルの連載の場であった『dancyu web』の編集長などを歴任し、大森さんと共にこの本を編んだ、編集者・江部拓弥(えべ・たくや)さんとの対談から、背景を紐解いていく。

写真家・大森克己 初エッセイ作『山の音』“写真なし”で462ページの大ボリューム

江部拓弥(以下、江部):今日は大森さん、緑色の服を着てくるって言うから、僕はグレーを着てきました。ふたり揃うと『山の音』の帯になる(笑)。

大森克己(以下、大森):『山の音』の装幀を手掛けてくれた佐藤亜沙美さんのデザインが、あまりにも印象的で。このTシャツは、この前、祐天寺の古着屋で買ってきました。『山の音』は、僕にとってのデビュー作。60歳近くになってからの処女作、って、なんかいいよね(笑)。

ーー大森さんが定期的に文章を執筆されるようになったのは、『小説すばる』(集英社)での連載(2013~2019年)からですよね。初期に書かれた文章の中で特に印象に残っているものはありますか。

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大森:『山の音』に掲載した「ドキュメンタリー写真の心得」ですね。友人で写真家のホンマタカシが責任編集の『ウラH ホンマカメラ 大爆発号』(ロッキンオン 1998年)に掲載した文章で。今となってはどうして巨匠のふりして写真論を説くような文体で書いたのか、覚えてないんだけど(笑)。人から頼まれて公に書いた文章としては、これが最初だったと思います。

 ただ当時は自発的に文章を書き続けようという気持ちには全然ならなくて。頼まれたらやるけど、文章を書くことにそんなに思い入れはなかったんです。

「5年間続けた『小説すばる』の連載が終わった時、ちょっと寂しいかもって思ったの(笑)」(大森)

ーーその心境が『小説すばる』での連載を経て、変化していったんでしょうか。

大森:『小説すばる』では、そうそうたる売れっ子作家さんが連載している片隅で、ささやかに書かせていただきました。担当していた目次の写真に添える形での短い文章の連載だったんですけど、毎月原稿を送って、プロの校正さんの手が入った原稿が戻ってきて……というやりとりを、5年間続けた。で、2018年に『小説すばる』がリニューアルするタイミングで、連載が終わるんです。そのときふと「あれ、ちょっと寂しいかも」って思っちゃったの(笑)。月1回だから大したことないと思っていたんだけど、文章を書くことがルーティンになっていて、知らない間に自分に作用していた。

ーーその頃江部さんは『dancyu』の編集長をお辞めになり『dancyu web』を立ち上げられた頃ですよね。

江部:はいそうですね。『dancyu web』ではじめた大森さんの連載は、実は大森さんからの持ち込み企画だったんです。

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