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『あなブツ』に2022年に出会えたことに感謝 “幸せは自分の手で掴むもの”という教え

Real Sound

『あなたのブツが、ここに』写真提供=NHK

「毎日宅配すんねん。雨が降っても雪が降っても、コロナが来ても。毎日毎日」

参考:『あなたのブツが、ここに』は “withコロナ”を生きるすべての人への応援歌

 つまずいて転んで這いつくばって、立ち上がって、自分の足で歩き出した亜子(仁村紗和)がついに辿り着いた境地。去る9月29日、NHKの「夜ドラ」『あなたのブツが、ここに』(以下あなブツ)が最終回をむかえた。いまだかつてないほどコロナ禍の現実に肉迫しながら、あざとい「センセーショナルさ」を一切排除し、登場人物たちの「日常」を粘り強く描ききった傑作だった。

 「人の営み」や「生活」が極限まで「自然に見える」フィクションだった。「神は細部に宿る」というが、たとえば第6話、亜子が荷物を運んだ得意先のさなえ(藤田千代美)の部屋には、手作りの「お薬カレンダー」と「することメモ」が貼ってある。それがほんの数秒映ることで、さなえが独居老人であること、離れて住む家族がそれを貼っていったこと、近頃さなえの物忘れが進行していることがわかる。ほんの傍役にすらその人生と背景が見えるのだ。

 ドラマの中の“現実”と、視聴者一一ひいては日本中の誰もがこの2年半あまりのあいだ味わってきた現実とが、見事なまでに地続きになっている。そのシームレスな「つながり」を生み出すために、作り手が全身全霊を傾けていることが伝わる。米一粒ぶんの「作為」が見えてしまったとたん、この作品のもつ「自然さ」のバランスが一気に崩れてしまうからだ。スタッフの気概に応じて、キャストも全員『あなブツ』の世界の中で、それぞれに「生きて」いた。そして、観ている私も6週のあいだ、同じ空気の中を生きさせてもらったような感覚がある。

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 “地続き”の世界観の中で、コロナという巨大な“うねり”にからめとられたもの、こぼれたもの、それでも残ったもの。その全てがこのドラマにはあった。キャバクラ勤めのシングルマザーの身で給付金詐欺に遭い、無一文の絶望からスタートした亜子の物語。初週では恨めしさをこめて「みんなコロナのせいや」と言っていた亜子が、ラス前・第23話では「コロナのせいやな、フフフ」と笑っている。そこに至るまでの道程が、切々たる「当事者感」を持って描かれているのだ。

 「マスク」の使い方が白眉だった。初週で登場人物たちがつけていたウレタンマスクが、時勢の変化にともない中盤からは不織布マスクに変わっている。コロナ禍に入ってから尼崎の小学校に転校してきた亜子の娘・咲妃(毎田暖乃)と、その親友の愛美(石川小梅)は互いの顔を知らない。遠く離れてからマスクを外して顔を見せ合う2人の姿に胸が締めつけられる。ほとんどのシーンで登場人物の顔半分をマスクが覆いつつも、全ての人物の「目」と「佇まい」と「その人らしい言葉」が雄弁に語っていた。顔が半分隠れているからこそ、より「心」の奥底の部分が浮かび上がってくるドラマだった。

 シビアな現実も臆することなく描かれた。中でもキャバ嬢時代の同僚・ノア(柳美稀)の死は痛切だった。亜子たちが勤めていたキャバクラ「バベル」の休業が決まったときも、腹を括ってキャバ嬢としての矜持を見せたノア。しかし、実はその裏でホストに入れ上げ、搾取されていたことが明らかになる。コロナ恐慌のあおりから逃れることができず、借金苦の末に自殺したという。ノアのように、コロナに感染してではなく「関連死」で亡くなった人、ニュースに上る「数字」の外で、ひっそりと命を落とした人も少なからずいるだろう。これは震災や戦争における「関連死」をも想起させる。そして、歯車がひとつズレれば、亜子とて同じことにならないとは限らなかったのだ。

 ノアの死により、亜子の心には元夫の祐二(平埜生成)との結婚生活で植え付けられたトラウマが蘇ってしまう。そこへ祐二が10年ぶりに現れ、咲妃をダシに金を無心する。清々しいまでのクズっぷりだが、彼もコロナの犠牲者のひとりであったことがわかる。再起をはかろうと方々から借金して自分のラーメン店を開業した途端、コロナ禍に見舞われたのだ。祐二の人物造形について、ヒロインの働きかけにより半端になんらかの“改心”をさせることをよしとせず、クズのまま退場させた。ままならないものを、ままならいものとして描く。それこそがこの作品の「佇まい」だ。

 とはいえ、一筋の「希望」もちゃんと宿らせる。亜子が祐二からの接触をシャットアウトしつつも、「咲妃が大人になってやっぱり会いたい言うたら、そのときは会ってあげてほしい」と告げると、「アホか! 会うやけないやろ」と悪態をついて去る祐二。亜子は「あんたがクズでほんまによかった。キャバ嬢してコロナ来て、宅配して、ずっと大変やったけど、私な、今がいちばん幸せやねん。あんたもコロナも来てくれてよかったわ」と祐二の背中に向かって叫ぶ。去っていく祐二の手には、一度吐き捨て、拾って包み直した黒飴が握られていた。きっと祐二はこの黒飴を、生涯捨てられないだろう。

 この「飴ちゃん」の使い方にも恐れ入った。関西のおばちゃんの必携アイテムとして知られる「飴ちゃん」。第2週で、夜の仕事への未練を残しつつ、キツくて辛い宅配の仕事に弱音を吐いていた亜子が、武田(津田健次郎)にこてんぱんに叩きのめされる。己の不甲斐なさに泣きながら噛みしめていたのは、宅配先のさなえからもらった「飴ちゃん」だった。亜子を元気づけ、「この仕事でプロになる」と決意する背中を押した「さなえさんの飴ちゃん」は、やがて咲妃と祐二をつなぐ。亜子が宅配の仕事をして踏ん張って生きていることを、この飴ちゃんを通じて咲妃が祐二に知らせ、亜子がずっと逃げていた祐二との直接対峙へと向かわせたのだった。ほんのささやかな「幸せの種」が、巡り巡って大きな僥倖へとつながることがある。

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