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昔は姥捨山だったが…高齢者が「経済的独立」を勝ち取った背景

幻冬舎ゴールドライフオンライン

その思想は死さえも乗り越えていく。介護保険制度が実施された当初からデイケアを経営している医者が、実存哲学的な考え方をもとに生と死、そこに見いだされる希望について説く。本来の自己を見つけ、孤独から解放され生きていくための一助となる一冊。※本記事は、伊藤芳宏氏の書籍『生の希望 死の輝き』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

第2章 ナイスデイへの歩み

介護保険制度の成立の歴史 

介護保険制度が実施された翌年の2001年(平成13年)にデイケア(通称ナイスデイ)を開設しました。デイケアこそ理想の介護が見つけられると夢を持っての出発でした。

当時は要介護状態の患者さんが病院にあふれ、社会的入院として問題になっていました。医療の発達により平均寿命が延びたため医療費が高騰し、医療保険財政が巨大な赤字となって、国民経済にとって深刻な問題になっていきました。

さらに不況による税収減と、他国に先駆けて激増する高齢者のための費用、特に医療、介護、年金費用の急速な増額に予算編成ができなくなり、大量の赤字国債が発行されるようになりました。

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国民人口の少子高齢化が問題になり、働き手が減少し、このままでは日本経済の破綻は避けられないという危機感が広がっていきます。それまでの高度成長が他国を尻目にすさまじかったので、その落差にショックを受けない者は少なくなかったはずです。

突然訪れたこの日本の国の危機は、天国から地獄への転落と映りました。高齢者を何とかしなければ、この国はもう終わりだという考えが、出てきていました。

そんな中、介護保険法が審議されたのは1993年のバブル崩壊後の大混乱の中でした。

長年続いた自民党一党優位体制がこの大不況で崩壊していました。自民党が政権から脱落し、多くの党が乱立し政治の混乱が続きました。そして介護保険法案は自、社、さ(自民党、社会党、新党さきがけ)の3党連立による政権が成立させました。紆余曲折と大混乱を経ての成立でした。極めて難産でしたが世界に先駆けて成立したのです。

法律に基づくこの介護保険制度はケアマネージャー制、デイケア、デイサービス、ショートステイ、老人保健施設、その他の高齢者施設などが完備された、世界に誇る制度だと思います。

しかし世界でも初めてのこの制度は、当初、国民経済を圧迫し、日本経済を破綻させる可能性があると考えられ、厚生省、大蔵省、経企庁などの官僚たちは、やがてこの介護保険制度は必要なくなると言っていました。とにかく世界で初めての本格的な介護保険制度ですから、官僚たちが不安になるのも仕方のないことだったと思います。

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