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辺り一面、白い砂浜に横たわる男「どうしてぼくはここに居るのだろう…」

幻冬舎ゴールドライフオンライン

船が難破し、一切の記憶を失った光(ひかる)。蘭の花が香る清艶な女性に導かれたのは、混沌と秩序がうねり合う“ナーダの国”であった――。神秘の島で解き明かされていく、彼自身の正体とは。圧巻のファンタジー小説。※本記事は、茂木光春氏の小説『ナーダ・サーガ 「無の国の物語」』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

ナーダの国へ難破漂着す

光が走る、突き刺さる、瞼に、瞳に、鋭く突き刺さってくる。

眩しい、痛いほど眩しい。ふっと、瞼が開く、瞳が開く。千の光の中へ、おびただしい光に抱えられ、光に抱きすくめられて、光さざめく中、手も足も、体全部、横たわっているのが、見える、見えて来る。目に見えているこの体は誰だろう、誰のだろう、ぼくか、ぼくのか、しかし、ぼくとは誰だろう。

じゃりじゃりと、砂浜のようなところ、時折、足のどこか、水しぶきのようなものがかかり、潮のうねりのような音の聞こえるこの場所、この光景はどこなんだろう。

這い出す、這い上がる。光の中へとさらけ出る。立ち上がろうとする。膝ごと、がくがくと、崩れる。ぐずぐずと、ひるこの身、ひるこの骨。肘が痛い、腕が痛い、膝が痛い、体中がぎしぎしと痛む。立ち上がらねば、立ち上がらなければ。眩暈(めまい)の中を、眩暈と共に立ち上がる、そしてまた倒れる。

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ぼくは辺りを見回す。倒れたまま、転がったまま、見回す。むんむんと、暑さが亡霊のごとくうごめいている。その暑い湿気に、光が濡れている。光が水飴のごとくねばつく。暑い水飴の光だ。瞼がねばつく、瞳がねばつく。見えて来る。

徐々に、かすかに、朦朧(もうろう)と、白い砂浜、白い陽炎、砂利や貝殻や海藻の切れっ端が、さわさわと、ざわざわと、見えて来る。その上を、カニが、長さ二センチもある、いやにでかい、体よりも大きい、ぎざぎざのハサミを持ったカニが、何匹も、ゆっくりと這い回っている。

ふいにそいつが目の前に近づき、立ち止まり、出目の目を、じっと突き出し、ぼくの顔を見上げる。かすかに、極細の、うぶ毛のごときものが生え、二本のハサミをゆっくりと曲げ、目の前のぼくが岩か木か動物か昆虫か見定めようとするごとく見つめ、やがて、こいつは食えたものじゃないと、ふいに向こうへと這い出し、去って行く。

辺り一面、白い陽炎だ。砂浜の無数の砂の先端に、光の粒々とした滴が極小の王冠となってきらめいている。砂浜はどこまでも続いている。果てしない青い海と果てしない青い空と果てしない白い砂浜と。そして衣服は切れ切れに破れ、切り傷だらけ、打ち身だらけのほとんど裸同然のぼく、あるのはそれだけだ。

どうしてぼくはここに居るのだろう。どうしてここに海藻の切れ端のごとく砂浜に横たわっているのだろう。朦朧として、内も外も、果てもない空白である。

ぼくは立ち上がる。そして歩き出す。何歩か、前に進み出る。しかし、記憶がない。思い出されて来るものがない。空白を引きずっているだけだ。百年の空白か、千年の空白か、その空白の澪(みお)の先端を、今こうしてよろよろと震え出しているばかり。虚無体というか虚空体というか、それがぼくと称し、ぼくというかすかな最後の記憶の破片のごときものに取りすがって歩いている。

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