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炊きたてご飯に塩辛、すき焼きに舌鼓…荻上直子監督作品に欠かせない”食”の味わい

MOVIE WALKER PRESS

『かもめ食堂』(06)や『めがね』(07)など、ゆるやかにつながる人々の関係とゆったりとした時間の流れをフィルムに活写してきた荻上直子監督。最新映画『川っぺりムコリッタ』(公開中)は、北陸を舞台に “おいしい食”と “ささやかなシアワセ”を描く感動作だ。

北陸のとある町にある「イカの塩辛」工場で働くことになった山田たけし(松山ケンイチ)は、川べりに建つ「ハイツムコリッタ」で新たな生活をスタートさせる。金銭的に余裕のない山田の楽しみは、風呂上りの牛乳と炊き立てのホカホカごはん。誰とも接することなく静かに暮らしたいと思っていたものの、ある日、隣人の島田幸三(ムロツヨシ)が風呂を貸してほしいと押しかけてくる。その後も何かと部屋に上がりこむ島田や未亡人の大家の南詩織(満島ひかり)、幼い息子と共に墓石の訪問販売をする溝口健一(吉岡秀隆)ら住人たちと交流を重ねるうち、山田はその関係に居心地の良さを感じはじめる。

■適度な距離感を保ちながら築かれる絆とスローライフの癒し

このつかず離れずの関係性は、荻上作品の特徴の1つとも言える。この構造は代表作『かもめ食堂』の頃から見てとれる。『かもめ食堂』はフィンランドの首都ヘルシンキを舞台に、日本人女性のサチエ(小林聡美)がオープンさせた「かもめ食堂」に集う人々の交流を映したヒューマンドラマ。食堂の看板メニューはおにぎりで、このほかにもシナモンロールやとんかつ、唐揚げ、肉じゃがなどが供され、食欲を刺激する。

またコーヒーの消費量が世界トップレベルのフィンランドではコーヒーブレイクは欠かせない習慣だが、サチエはかもめ食堂で働くミドリ(片桐はいり)やマサコ(もたいまさこ)と共にしばしばコーヒー時間を楽しむ。その穏やかなスローライフが、本作が“癒し系”と呼ばれる所以だろう。

余談だが、実は荻上監督は大のコーヒー(&ビールも!)好きで、この作品でコーヒーが美味しく見える撮影方法をかなり研究したという。さらに本作には監督が愛するフィンランドの名匠アキ・カウリスマキの、『過去のない男』(02)で主演したマルック・ペルトラも出演。サチエにコーヒーを美味しくするおまじない「コピ・ルアック」を伝授する中年男性マッティ役に扮しているのでこちらもお見逃しなく。

■おにぎり、かき氷、唐揚げ、イカの塩辛…人間関係を築く潤滑油となる食べ物たち

また、『かもめ食堂』を筆頭に、荻上作品では美味しい食べ物が人間関係を築く潤滑油として作用する。

『川っぺりムコリッタ』では「イカの塩辛」と、島田の手作りの「漬物」をオカズに、山田と島田が日々の食卓を囲む。お茶碗にこんもり持った白米を頬張りながら2人は取り留めのない世間話をするだのだが、ある時、山田は長らく音信不通だった父が孤独死をしたらしいと他人事のように語る。しかし島田に諭され市役所を訪れた彼は、引き取り手のない遺骨がたくさんある現状を知り、誰にも看取られずに亡くなった父に想いを馳せる。

こうして食べることを通じて山田は少しずつ自分について語りはじめ、閉ざしていた心を開放させていく。そして『かもめ食堂』に続いて小林&もたいが続投した『めがね』でも、構われることを嫌うタエコ(小林)が、海辺の民宿「ハマダ」で住人たちと過ごすうちに自分なりの“たそがれ方”を見つけ、態度を柔軟にしていく姿がつづられる。

この作品でキーとなるのは、毎年春になるとやってくる中年女性サクラ(もたい)が浜辺で振る舞うかき氷。ハマダの主人のユージ(光石研)はこのかき氷を食べたことをきっかけにこの地への移住を決意したのだという。この他にもユージが作る野菜たっぷりの朝食や、三段重に収められた煮物や唐揚げ、カラフルなちらし寿司(しかし、タエコは辞退して食べなかった)など、丁寧に作られた食事の数々に目を奪われる。

■すき焼き、おにぎり、ロブスター…登場人物たちの関係構築を祝うハレの日の料理

このように荻上作品では食べ物が重要なツールとなっていることは間違いないが、人間関係が熟成されある種の到達点を迎えた時、彼らは一堂に介して作品にちなんだ特別な料理を謳歌する。

そのシーンがさりげなくも印象的なのが、“脱、癒し系”として制作された『彼らが本気で編むときは、』(17)。生田斗真がトランスジェンダーのリンコに扮し、彼氏のマキオ(桐谷健太)とマキオの姪っ子のトモと同居生活を送るうちに疑似家族のような強い絆を構築していく。料理上手のリンコが作る美味しい料理が日々の食卓を飾り、トモはリンコが作ったキャラ弁がもったいなくて食べることを躊躇する一幕も。そんな3人がリンコの良き理解者である母親宅を訪れて食べたのは、家族の団らんを象徴する鶏肉だんごが入った熱々の鍋だった。

そして『川っぺりムコリッタ』では、ムコリッタの住人たちがすき焼きに舌鼓を打つ。高級墓石が売れた溝口は、奮発して息子とすき焼きを自宅で食べるのだが、その匂いを嗅ぎつけた島田と山田、そして南親子までもが駆けつけて鍋をつつき始める。賑やかで幸せな時間が流れ、彼らが育んだ連帯感に胸が熱くなる心に残る名シーンとなった。

■「生と死」をテーマとする『川っぺりムコリッタ』で“生”とイコールである“食”

さらに『川っぺりムコリッタ』においては“食”が特別な役割を担っている。これまでの荻上作品でもたくさんの食事シーンが描かれてきたが、それは日々の暮らしを営む上で、欠くことのできない日常的行為としての描写だった。

しかし荻上監督は本作のトークイベントで、「この映画の全体に流れているテーマが、“死”。死の反対にあるのが“生”。“食べる”ということが、直接“生”に結びついているような感じに描いた」と説明している。

この言葉を端的に示すエピソードが前半早々に登場する。この地にやってきたばかりの頃、無一文同然だった山田は初給料が出るまでひたすら空腹を耐え忍んだことがあった。ギリギリの状況に陥った彼を救ったのは島田がなにげなく差し入れてくれた野菜。このシーンでは死と生はまさに隣り合わせであり、「死んでも構わない」とすら思っていた山田はキュウリやトマトをむさぼり喰うことで、 無意識に“生きる”ことを選択したのである。

重たいテーマを含みながらも本作が明るい光で満たされているのは、主人公の「生きよう」、「生きたい」という心の奥底にある想いがスクリーンに映り込んでいるからなのだろう。山田を体現する松山はこのシーンの撮影にあたり何日か絶食をして臨んだというが、演技を超えた見事な食べっぷりは必見だ。

ちなみにムコリッタとは「仏教の時間の単位の1つ」のこと。本作ではこの言葉に“ささやかなシアワセの時間”や“生と死の間の時間”などの意味が込められているのだという。

本作の料理を手がけたのはフードスタイリストの飯島奈美。家庭的かつ心華やぐ料理で映画以外にもドラマやCMなど多方面で活躍する売れっ子だ。荻上監督とは今回紹介した4作品以外に『トイレット』(10)などでタッグを組んで世界観の実現に一役買っている。

荻上作品に登場する人々は“食”を謳歌し、“食”と丁寧に向き合うことで人生もまた丁寧に生きている。食べることで“生きる大切さ”を訴える『川っぺりムコリッタ』。日常を彩るささやかなシアワセを本作の登場人物たちと共に味わってほしい。

文/足立美由紀
 
   

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