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歴史浪漫「今さら聞けない大奥」【3】歌舞伎役者と密通した大物女中が幽閉27年の刑に

アサ芸Biz

 大奥は将軍の寵愛を受けた女たちの出世欲と、抱かれない女たちの嫉妬が渦巻く世界。イジメやスキャンダルも頻発した。

 最も有名な事件が、歌舞伎や舟橋聖一の小説「絵島生島」に描かれ、これを原作とした映画やドラマが数多く創られた絵島生島(えじまいくしま)のスキャンダルである。

 6代将軍・家宣(いえのぶ)の死後、四男の家継が幼くして(4歳)将軍となった。生母の月光院付きの御年寄・絵島が月光院の代わりに、上野寛永寺、芝増上寺への墓参の後、130人の奥女中を引き連れて木挽町(こびきちょう・現在の東銀座)の山村座へ歌舞伎見物に行く。芝居がはねた後に歌舞伎役者・生島新五郎らを招いた宴席で羽目を外し、大奥の門限に遅れてしまう。さらに絵島は生島と密通したという疑惑もかけられて、結果、絵島は信濃高遠(たかとお)藩に配流され、27年間幽閉された。関係者1500人が処分されるという大奥史上最大の事件であった。歴史タレントの堀口茉純さんが解説する。

「前将軍・家宣の御台所の天英院と現将軍・家継の生母である月光院によるバチバチのバトルが、背景にあったと思われます。天英院としては月光院を追い落とす絶好のチャンスになったのです」

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 歴史家の安藤優一郎氏によれば、「寺社への代参の後の芝居見物などは禁じられていましたが、やや大奥の規律も緩んできた頃で、絵島以外にもお寺参りなど何かと口実をつけて外に出ていたのも事実」だという。

 実際に、11代・家斉(いえなり)の時代には、延命院という寺の住職でイケメンの日潤(にちじゅん・日道とも)が、参詣を口実に訪れた奥女中や大名家の娘たちを、ホストクラブよろしく女犯(にょぼん)・姦淫をほしいままにした延命院事件なども発生している。

 先の堀口さんが言うには、大奥には怖い話も少なくない。

「綱吉は正室の信子との仲が悪かったことで、信子が綱吉を暗殺したという俗説があります。実際は、2人ともほぼ同時に麻疹と疱瘡にかかって亡くなっているんですが、2人の関係が悪かったことから巷では、信子が綱吉を刺殺したあとに自害したという噂が広まってしまったのです。その暗殺の場所が宇治の間だったと言われ、江戸城は何度も焼けているのに、再建されるたびに宇治の間は同じ場所に作り直されているんです。やがて宇治の間には幽霊が出るという噂が立ち、12代将軍・家慶(いえよし)は、宇治の間の前を通った時に黒紋付の老女がいたのを見てから間もなく亡くなっているというのです」

 激しい競争社会だった大奥の中で、いかにも人間味あふれるエピソードを歴史家の河合敦氏が披露してくれた。

「14代将軍・家茂(いえもち)のお母さんである実成院(じつじょういん)・おみさの話です。家茂は幕末に将軍になって名君との誉れ高い人物ですが、母親は紀州藩主・徳川斉順(なりゆき)の未亡人で、慶福(よしとみ・後の家茂)が将軍の継嗣になると、江戸城大奥に一緒にやってきて、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎを毎日のようにしていたといいます。誰も何も言えなかった中、当時の大奥の総取締だった御年寄の滝山に注意を受けたことで、実成院は激しく滝山を憎み、こっそり味噌汁に毒を入れたり、部屋に火をつけたという噂が出回りました。滝山は13代・家定に仕え、14代には水戸の一橋慶喜を退けて家茂を推すなど、かつての春日局を彷彿させるような政治力を持つ御年寄でした。実成院は格式ばった大奥を窮屈に感じて、酒浸りの日々を送っていたようです」

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