
リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、シュラスコ食べ放題に行って1カ月分の牛肉豚肉鶏肉をたった一夜で喰った罪深い間瀬が『LAMB/ラム』をプッシュします。
参考:A24『EVERYTHING EVERYWHERE ALL AT ONCE』2023年3月公開 ミシェル・ヨー主演
■『LAMB/ラム』
本題に入る前に、タイトルにもなっている「lamb:仔羊」、一般化して「羊」についてまず考えたい。この映画を語るには、なによりも「羊」について考えることなくして先に道もなければ、何をオススメすればいいのかも分からないからだ。
さて、「羊」について考えたとき、何が思い浮かぶだろうか。ジンギスカン? それは冒頭のシュラスコに引っ張られている。眠くなる? なぜ人は寝るときに羊を数えるのだろうか。鳴き声? 羊と山羊の違いは分かるだろうか。……筆者が思い浮かべたのは、『羊たちの沈黙』『羊をめぐる冒険』『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』といった作品タイトルだ。
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なぜ羊なのだろう? 犬や猫といった一般的に馴染みのある動物ではなく、なぜある性質の物語においては羊がモチーフとして、あるいはメタファーとして用いられるのだろうか。もちろん答えなど存在しないが、考えられるのは羊が弱い存在として虐げられたり人間の管理下にある“家畜動物”であること、そしてキリスト教において羊は重要な意味を持つことだ。イエス・キリストの別名は、神の仔羊とも言われる。
キリスト教の話については興味があれば調べてもらえれば結構だが、本作では羊飼いの夫婦がある日突然、羊から産まれた“羊でも人間でもない何か”を我が子のように愛することで話が進んでいく。見た目的には胴体が人間で、頭が羊の子供だ。言葉を話すことはできないながらも意思疎通を取ることはできて、人間のような振る舞いをするし、子供のように人見知りをしたりもする。しかし動物の羊のように草だって食べる。
この“羊”について、作品を観終わった観客は様々な考察をするだろう。「あれは愛の形だ」「幸せを象徴している」「キリスト教的な表現の現れだ」「自然への冒涜が産み出した罪の姿なのかも」等々。それらの考察のどれもが正解ではないし、そして間違いでもない。
そうやって言い切れるのは、本作は説明的な要素を限りなく削ぎ落として構成されているからだ。物語は、視線、表情、音楽、間、そして最低限の台詞だけで進んでいく。それでいて明確なテーマは提示されず、まるで白昼夢のような茫漠とした展開とホラーなシーンが続いていく。本作は一言で言えば「ノーヒント映画」で、観客の想像力によって完成される類の映画だ。
結果として「よく分からない」という感想に尽きてしまうかもしれない。「ホラー映画」を期待していた人は満足できないかもしれない。でも、そうしたテーマありきで考えることを止めて、1つのおとぎ話のような、寓話のようなものとして捉えると、本作はとても含蓄のある映画だと評することができる。観客の数だけ答えが存在する、と言葉にするのは簡単だが、観た人の想像力をここまで刺激できる映画はそれほど多くない。
幕が降りるのを待たずして、「羊、羊、羊。あの羊って結局なんだったんだ?」という思いが去来することだろう。でも、この「分からない」をゆっくり咀嚼して、最大限楽しんでほしい。1番の魅力は、その思考の過程にこそあるのだから(もしくは羊の効能でぐっすり眠れるかもしれない)。(間瀬佑一)