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京セラ創業者・稲盛和夫氏から学ぶべき「利他の精神」…愛情を自分以外に向けることが、難しい「経営課題」解決に導く(大関暁夫)

J-CAST会社ウォッチ

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日本を代表する経営者である永守重信氏の後継者問題が再び、話題を呼んでいます。

永守氏は、小型モータ製造の日本電産の創業者でオーナー経営者です。永守氏は28歳で同社を立ち上げ、一代で世界トップシェアを誇る大企業に育てた立志伝中の人物です。

とくに、M&Aに次ぐM&Aで企業買収を繰り返し、自身の経営理念やビジョンを買収先企業に迅速に浸透させる強いリーダーシップと徹底したトップダウン経営で、早期にM&A効果を生み出すことに定評があります。

10年近く前から続く「ポスト永森」後継問題

そんな永守氏も御年78歳。後継にトップの座を譲るには、すでに遅すぎる感すらある年齢です。もちろん今まで何も手を打ってこなかったわけではなく、10年近く前の2013年に後継者スカウトは始まっていました。

最初の人物は呉文精氏。旧日産自動車グループの部品メーカーであるカルソニックカンセイ(現・マレリ)社長を務めた人物で、13年に後継含みの副社長としてスカウトされました。しかし、15年に退職。永守氏の眼鏡にかなわなかった、ということだったようです。

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呉氏の「脱落」と入れ替わるように15年には、日産自動車からタイ日産自動車社長などを歴任した吉本浩之氏を社長として迎え入れます。あくまでCEO職は永守氏が兼務したまま、その力量を試し「合格」ならばCEO職を譲る腹づもりだったのでしょう。しかし吉本氏もまた、20年に新たに日産自動車からスカウトした関潤氏と入れ替わる形で社外に出されることになります。

今回話題になっているのが、この関氏です。日産では次期社長の本命と目されたエリートだったものの、社長昇格が社内力学の狭間で思うに任せずくすぶっていた時に、以前より熱心にスカウトをかけていた永守氏がグイっと引き寄せ、三顧の礼を持って迎えた後継の大本命でした。吉本氏と同じく社長として迎え、翌21年には遂にCEO職を譲りいよいよ承継が完結したと思われていました。

多くの会社でなかなかうまくいかないバトンタッチ

しかし永守氏は今年6月に突如、CEO返り咲くという異例の人事を発令しました。理由は、「業績の伸び悩みと株価低迷」とのこと。それと、関氏の出身業界である自動車メーカー向けの業績が芳しくなかったことが、とくに「お気に召さなかった」かのような話も伝わってきました。言ってみれば、CEO禅譲からわずか一年もたずに、我慢がならぬとばかりに自らトップへの返り咲いた、というわけなのです。

しかも6月の株主総会の段階では、「逃げない限り関氏をCEOとして育てる」と後継は関氏路線で変更なしの姿勢を示していました。ところが、4~6月期の自動車関連事業が2四半期連続赤字になるや関氏を更迭し、退任を強行するという荒行に。永守氏は関氏退任を公表した会見で、業績不振、株価低迷、人材流出等をすべて関氏の責任とするかのような批判を繰り広げました。

そもそも自動車関連事業の不振は半導体不足に起因した自動車メーカーの減産状況があるわけで、このように去る者に石を対して持って追うかのような物言いには、各方面から疑問視する声もあがっています。

後継者の辞めさせ方やその回数は別として、後継問題がうまくいかないという点では、同じく創業オーナートップであるソフトバンクの孫正義氏やユニクロの柳井正氏も過去に同様の失敗をしていて、やはり未解決の大きな経営課題になっています。

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