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【小説】あの頃、「萌」という言葉はまだなかったが、僕は萌えていた。

幻冬舎ゴールドライフオンライン

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気がつけば彼女の幻影を探す日々。 孤独を抱えて生きる男にとって、カクテル『YOKOHAMA』を傾けながら 「あの頃」に耽るひと時は、唯一自分の心と向き合える時間だった。本記事は、渡邉将人氏の書籍『未来への手紙と風の女』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです

未来への手紙と風の女

僕の頭の片隅にある思考は、情報の重要性を否定しない。思考は、自由だが、時には残酷な思考をすることがある。

そうか、そうだったのか。紳士の話を聞きながら、あのときの僕は心の中で快哉を叫んでいた。

何という鋭い思考の持ち主なんだ。何という企業集団なんだ。この紳士の、欲しいものを手に入れるためにめぐらした戦略のすばらしさはどうだ。翻弄された僕自身がウットリするような思考のめぐらし方だ。僕は、あの紳士の経営する投資会社に入社した。

このBARは、だから、僕の第二の人生へのゆりかごだった。時折、社長から指示がくる。持ち込まれた案件の精査だ。何を調べればいいかを、その資料から紡ぎ出し、社長にレポートする。しばらくすると、社長からまた分厚いレポートが送られてくる。僕は調査結果をつぶさに調べていく。足りない所は自分の足でもう一度確認する。海外の案件なら、海外に行く。

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僕はコミュニケーションは苦手だが、いろいろなものを裏の裏まで調べることは得意だった。そして、調査の結果を整理して、社長にレポートする。それで一件落着だ。

気軽に見えるその仕事は、しかし僕の心を苛む。人々のみにくい面を見なければならないときがあるからだ。義憤に駆られ、憤りを抱えることもある。しかし、ある一定のところで、自分の中に溢れだす思考に折り合いをつけなければならない。そして、時には、感情が邪魔をする。そのようなとき、僕はすぐにこの阿蘇に帰ってくる。

社長は、あの紳士は僕の精神の不安定さまでしっかり調査していた。だから、僕を自由にさせてくれていた。会社に出勤したことはない。ほとんどの社員がそうしていると言っていた。ただ、連絡がちゃんと付きさえすればいいという。どこに行こうが、何をしていようが自由だ。社長から指示された案件を正確に処理すればいい。

時代は世界をどんどん狭くしていった。インターネットの登場は僕たちのようなスタイルの仕事にはうってつけのツールになった。どこにいても情報のやりとりができる。だけど、僕はそういうものからも逃れたくなるときがある。

僕は、BARで、ショートカクテルを眺めながら、チェーサーで間を取りつつ、迷路に迷い込んだ思考を整理する。カクテルが、メッセージを発することが、しばしば、あった。シガーに、シガー用のマッチで、火をつける。そういえば、あのときの紳士もシガーを燻らせていた。

僕のシガーは、シガーカッターは不要だ。ウッドチップがついているから。シガーといえば、キューバ産だが。僕のはキューバ産ではない。そっと吹かし、シガー用の灰皿にシガーを置く。シガーを吹かすようになったのは、あの紳士から差し出されたときだった。そう、今の会社に入社しますと、告げたときに贈られたものだ。確か、3月4日だった。

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