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名古屋の小さな不動産会社、住宅情報誌の刊行により〈大手出版取次〉から顧客認定してもらう

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昭和時代の名古屋。賃貸業をメインとする不動産会社の若手営業マンは、社長直々に「住宅情報誌創刊」の指令を受け、雑誌の制作と販売に奔走。苦労の末に創刊した結果、読者の評判が高く、会社の業務にも貢献したことから、創刊5号で続行が決定。CMを打った効果もあって各所で売り切れが続出するなど、雑誌は高い評価を受けることになります。

不動産会社刊行の住宅情報誌、創刊5号で続行決定

雑誌界では創刊3号ほどで消えていくケースも多いのですが、幸いにして「アパートニュース」は2号めから日販系の書店での販売も始まり、支店への「アパートニュース」読者からの問い合わせも増えてきて、光明が差し始めました。鬼門とされる3号目も打ち切りなくクリアし、4号5号と順調に号を重ねていったのです。

5号めからは4つめの仲介拠点となる新瑞支店を開設したことで物件情報が増え、80ページの厚みとなりました。これで名古屋市全域および周辺地域をカバーしたことになります。

販売効果は目に見えて現れ、1支店あたりの契約数が100件程度だったものが5号誌の頃には150件まで増えました。初めの頃は全契約のうち2割が「アパートニュース」経由でしたが、8号目の頃には8割にまでなりました。

こうした支店の売上増加によって出版経費が補えるようになり、「アパートニュース」の発行は期限なしで続くことが決まったのです。私の仕事は忙しくなりましたが、効果が目に見えて分かるので張り合いがありました。

テレビCMを流すことに…制作現場のスケールに衝撃

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「アパートニュース」の好評を受けて、テレビで同誌のCMを流そうという企画が動き出しました。私がCM企画の責任者に任命されましたが、私たちの会社がテレビCMを出稿するのは初めてのことでした。

私はCM映像の制作現場にも立ち会いましたが、映画のロケかと思うほど大掛かりでびっくりしました。大型の倉庫風の建物の中にセットが組まれ、敷かれたレールの上を大きな撮影カメラと撮影者が乗った台車がゆっくり動く光景は迫力がありました。

CM制作の費用が高額になることに最初は驚きましたが、想像以上にたくさんの人たちが携わっていることを実際に見て「これだけ本格的に作るなら高額になるのも当然だ」と納得しました。費用については「アパートニュース」の経済効果で利益が出ていましたので、特に問題なく投資が可能でした。

創刊して初めて迎える春の入居シーズンに放送する予定で、それと同時に電車内への中吊り広告を各沿線に掲出する計画も進めました。

地下街の書店、初春号より売り切れが続出

CMの反響はすぐに雑誌販売数に表れました。駅ビル地下街の書店や駅売店での売れ行きが一気に伸びたのです。

名古屋の地下街は名古屋駅と栄駅の各駅周辺にありますが、東京駅や大阪駅の地下街に比べて両方とも幅広く長い設計となっています。おそらく名古屋の夏は酷暑で、冬は伊吹おろしが吹いて寒いため、広く大きく造られたのではないかと思います。1978年当時も広い通路にはたくさんの人がひっきりなしに往来していました。書店も広い店舗が4~5店入っていて、地元民から出張のビジネスマン、旅行客など多くの人に利用されていました。

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