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幼稚園受験の模擬面接。「ママのごはんは何が好き?」と聞かれて、娘が言った予想外の回答

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幼稚園受験の模擬面接。「ママのごはんは何が好き?」と聞かれて、娘が言った予想外の回答

「この子のためなら、何だってしてみせる…」

公園に集う港区の母たちは、そんな呪文を心の中で唱え続ける。

そして、子どもに最高の環境を求めた結果、気づき始めるのだ。

──港区は、小学校受験では遅すぎる…、と。

これは、知られざる幼稚園受験の世界。母…いや受験に取り憑かれた“魔女”たちが織りなす、恐ろしい愛の物語である。

◆これまでのあらすじ

娘の華(2)の幼稚園受験のため、お受験塾「ほうが会」に入会した葉月。幼稚園受験のママ友である敦子とマリエが決裂してしまい…。

▶前回:義母から嫁へのしかかる”お受験合格”への圧力。そのナーバスな気持ちを逆なでしたママ友の一言



Vol.8 かわいそうな子ども


ほうが会の中でいちばん広い部屋「ゾウさんのおへや」には、恵比寿東公園からであろうアブラゼミの鳴き声がうっすらと聞こえている。

8月。

静かな室内には、ズラリと椅子が並べられていた。

2脚ずつのパイプ椅子と、その真ん中にちょこんと置かれた子ども用の木製椅子。

模擬試験の今日。ほうが会に通う親子たちが、フォーマルな装いでそこに3人揃って座っている。

私たちの少し前方に座る翔子ちゃんは、ベージュの千鳥格子のワンピースという装いだ。結局、百合の刺繍が施されたブルーグレーのワンピースは、エミリちゃんとの被りを避けて、断念したのだろう。

当然、同じ9月生まれである敦子さんたちとマリエさんたちの席は、隣同士。

けれど、あの椿山荘でのホタルの夕べ以来ずっとそうであるように、今日も二人が会話を交わしている様子は見られなかった。

敦子さんとマリエさんだけでなく、私もすっかり二人と関わり合うことはなくなっていた。毎週、有栖川公園に通っていたあの日々は、もはや遠い昔のことのようだ。

私は小さくため息をつきながらも周りを見回し、納得する。

― そうよね。本来は、初めからこういうものなのよね。


よく見てみれば、お教室内の父兄たちは、みな当たり障りのない付かず離れずの距離を保っている。

だれもかれも感じの良い態度ではあるものの、決して友人同士とは言い難い、なんとも言えないよそよそしさが漂っているのだ。

一抹の寂しさを感じながら、公園での無邪気だった日々を思い返していると、ガチャリと教室のドアが開いた。

若い女性の先生の呼びかける声が、静かな教室に響き渡る。

「篠原華ちゃーん。お父様、お母様、こちらへお越しください」

「あっ、はっ、はいっ!」

まさか誕生日が遅い順に声がかかるとは思わず、心の準備が全くできていなかった私はうわずった声を上げる。勢いよく立ち上がったため、パイプ椅子がガチャンと大きな音を立てた。

「葉月、気をつけろよ」

「ごめん」

小さな声で大樹とやりとりしながら、慌ててパイプ椅子の位置を戻す。

そして私は、華と手を繋いで大樹の前に立ち、先生に導かれるまま応接室へと向かった。



応接室で待ち構えていたのは、当然、宝川先生だった。

けれど、その顔に微笑みは一切浮かんでいない。鋭い、魔力を帯びた瞳で、じっとこちらを見つめている。

「し、失礼します…」

まるで、本番さながらの…いや、本番以上の緊張感が漂うこの場の空気に、私は思わず身を固くした。

それは大樹も同じだったようで、隣でガチガチに緊張しているのが感じ取れる。



― 自業自得よ…。

昨晩、模擬面接のロールプレイングをしようと、私は大樹に何度も何度も掛け合っていた。

なのに、「俺、本番に強いタイプだから大丈夫」と、全く取り合ってくれなかったのだ。

メデューサに睨みつけられるように、初めてお会いする宝川先生の迫力を前にして、石みたいに固まってしまえばいい。

そう思っているうちに、大樹に向けられていた鋭く射ぬくような目線は、次に華に向けられていた。

「それでは、まずはお嬢様に質問させていただきます」

ほんの少しだけ表情を和らげた宝川先生は、Eテレに出ている“歌のお姉さん”のようなはっきりとした発音で華に問いかける。

「おなまえは?」

「……はなちゃん」

「おとしはいくつですか?」

おずおずと、指先の曲がったチョキを作る。

「おかあさまの作るおりょうりで、なにがいちばん好きですか?」

「……」

― 華、華、がんばって!

私は、心の中で絶叫する。

私が毎日、旬の食材を使った手作り料理を食べさせているのは、こんな面接に備えるためなのだ。

夏野菜をふんだんに使ったカレー。実家である群馬の、採れたてのじゃがいもを使った肉じゃが。ピーマンの肉詰めに、とうもろこしのかき揚げに、桃のタルトに、スイカのゼリーに、アジフライ…。

けれど、華は黙り込んだままだ。

じっと答えを待っていた宝川先生が、もう一度ゆっくりと尋ねる。

「華ちゃん。おかあさまのおりょうりで、なにがいちばん好きですか?」

次の瞬間。華がようやく絞り出した答えに、私は卒倒しそうになった。

「……はん…」

「はなちゃん、もう一度大きなお声で言えるかしら?」

「……ふりかけごはん」



「そう、ふりかけごはんね。分かりました」

宝川先生の持った赤いペンが、机の上で非情にも踊る。

私は脱力したまま、なすすべもなくそれを見届けるしかなかった。


その日の夜。

華がすっかり眠ったことを確認すると、私は大樹の目の前に5枚綴りのプリントを叩きつけた。

「大樹、そろそろ真剣になってほしい。華を一貫校に入れてあげたいって、そう決めたのは大樹なんだよ?」

プリントの束は、今日の模試の結果だ。

細分化された項目ごとにチェック欄があり、そのほとんどの項目に真っ赤な△と×印が付けられていた。

中でも<面接 お父様>の欄は、目も当てられない出来だった。

堂々として落ち着いた様子・・・ △

質問にはっきりと答える・・・ ×

会話の内容が堅苦しすぎない・・・ ×

×、△、×、◯、△…。

講評の欄には、<質問に対するご回答がしどろもどろです。堂々と落ち着きましょう>とさえ書いてある。



「ねえ、華の未来のためなんだよ?大樹が適当すぎるせいで、華の未来を潰しちゃったらどうするの?」

そう責める私に、よほどムッとしたのだろう。温和な大樹が、珍しく強い語気で言い返す。

「葉月だって、見てみろよ!」

大樹が指差した<面接 お母様>の欄には、<お母様、もっとにこやかに>と書いてあった。

「俺だけじゃないだろ。華が『ふりかけごはん』って言った時の、あの葉月の顔…」

「…私の顔が?なに?」

「あの時の葉月の怖い顔。鬼…いや、まるで魔女みたいだったよ」

「……」

私は、何も言い返せず黙り込んだ。

大樹は目の前でパラパラとプリントをめくりながら、<お子様 指示行動・自由遊び>のページを開いて、机の上に置いた。

ページには、一面に大きな×がついている。

いつもと違う雰囲気で緊張してしまったせいか、華はあの後もいつもの自然な笑顔を出すことができないままだった。

それどころか、私と離れることができず、母子分離の模試を受けることすらできなかったのだ。もちろん、パンツではなくおむつのままでもある。

大樹が、ぼそっとつぶやく。

「華がかわいそうだよ」

「え…?」

「この前生まれたばっかりなのに。小さい頃からこんな評価を下されるなんて、華がかわいそうだよ。

一貫校に行かせたいって、軽々しく言ったのはごめん。だけど、そのための幼受がこんなに大変なら、俺はもうどうでもいいよ。

それより、母親にあんな顔される華の気持ち、考えたことある?葉月が華を苦しめてるかもしれないってこと、ちょっとは考えたら?」

そう言って大樹は、プリントの束を突っ返す。目の前に提示された、大きな大きなバツ印。

その血のような赤さと無情さはまるで、“母親失格”と私に突きつけているようだった。



気がつけば私は、何も言い返せないまま大樹の目の前から逃げ出し、華の寝室に駆け込んでいた。

穏やかな寝息を立てる華に寄り添いながら、込み上げてくる嗚咽を噛み殺して添い寝する。

華の小さな口からは、夕飯のデザートに出した、手作りのぶどうのシャーベットの香りがした。

柔らかな髪を撫でながら、私は頭の中で繰り返す。

― 華のためならなんでもできる。そう思って頑張っているのに、私は華を苦しめているだけなの?

こんな時、敦子さんとマリエさんと、有栖川公園の木陰の下でアイスコーヒーが飲みたかった。けれど、そんな友情はもうない。すべては幻だ。

友情は消えた。

大樹との愛情にも、亀裂が入り始めている。

その上、この努力のすべてが、何より大切な華を苦しめているのだとしたら…。

一体どうして、こんな思いをしてまで幼稚園受験なんてしているのだろうか。

― 華…ママ、ひどいママかな?華にとっての幸せって、どんなことなのかな…?

私はもう一度、華の髪をゆっくりと撫でる。

そして、暗い部屋の中。答えの出ない問いを、何度も何度も呪文のように繰り返し続けた。



▶前回:義母から嫁へのしかかる”お受験合格”への圧力。そのナーバスな気持ちを逆なでしたママ友の一言

▶1話目はこちら:「港区は、小学校受験では遅いのよ」ママ友からの忠告に地方出身の女は…

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幼受をやめてしまおうか。そう悩んでいた葉月に、マリエから連絡が入り…


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