高度1万メートルの、空の上。
今日もどこかへ向かう乗客のために、おもてなしに命をかける女がいる。
黒髪を完璧にまとめ上げ、どんな無理難題でも無条件に微笑みで返す彼女は「CA」。
制服姿の凛々しさに男性の注目を浴びがちな彼女たちも、時には恋愛に悩むこともあるのだ。
「私たちも幸せな恋愛がしたーい!」
今日も世界のどこかでCAは叫ぶ。
◆これまでのあらすじ
ハワイで知り合った弁護士の友人たちとの食事会に参加した七海と莉里子。そこで知り合った代理店勤務の小川の第一印象は最悪だった。だが、彼は七海のことが気に入ったらしく、デートに誘われるが…。
▶前回:いい男をゲットするために食事会で「CAあるある」を披露する28歳女。男は見抜けないその手腕とは
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Vol.3 友人の結婚式は出会いの場
― 小川さんと2人で食事かぁ。どうしよう…。
食事会の席で「CAの仕事は、家政婦と変わらなくない?」という発言で、七海を怒らせた代理店勤務の小川。
その彼から、七海はデートに誘われたのだ。
「お詫びも兼ねて」とは言っているけど、「行くべき?断るべき?」と七海の中で2択が行ったり来たりする。
自宅に着いてから莉里子に電話をする。
「小川さんから食事に誘われたんだけど、どう思う?」
「ドMなんじゃないですか?怒られたいとか?あるいはめちゃくちゃポジティブとか?」
「え?ポジティブってどういうこと?」
思わず七海が聞き返す。すると莉里子が自身の元恋人の話を例に引っ張り出してきた。
「だいぶ前に付き合っていた人は、スーパーポジティブで、彼の言動に対して私が苦言を呈したとしても、それを“俺のためを思って言ってくれている”って思うタイプでしたよ」
「だったらなおさら嫌かもー。私、小川さんの誘い断るよ」
ポジティブかどうかはさておき、人は第一印象が大事だと七海は思っている。
お酒の席とはいえ、うっかり飛び出した発言にしては軽率だ。
そう考えると、わざわざ彼と会って食事をご馳走になる理由もないのかな、と七海は考えた。
◆
9月。大安の日曜日。
今日は同期入社の琴子の結婚式。七海は朝からグランドハイアットにやって来た。
莉里子も仲良しの後輩として招待されている。
七海と莉里子を含め、CA仲間6人がブライズメイドをお願いされているため、準備のために早めに会場に集まった。
「そういえば、このあいだ小川さんに六本木のスタバでばったり会いましたけど、七海さんに断られたって言ってました」
莉里子はすでに薄いピンクのブライズメイドドレスに着替え終え、鏡で全身をチェックしている。
「夏は仕事が忙しいのでお約束してもドタキャンしちゃうかもです、って送ったらさ」
「送ったら?」
莉里子はメイク直しをしながら聞き返す。
「ドタキャン前提でいいですって返ってきたんだけど…」
「ひゃー!諦め悪っ!よっぽど七海さんがタイプなんですね」
今度は2人で鏡の前に並び、スマホで写真を撮る。
「ま、世間一般的にはイケメンの部類に入るし、私なら1回食事に行きますね」
莉里子の意見ももっともだと思う。
「うーん。でも第一印象は最悪だったし。それに、全然ときめかないのよね」
新太と出会った時も、付き合っていた時も、彼の笑顔やちょっとした仕草でキュンキュンする、あの感じを、七海は忘れることができない。
「七海さんってば、乙女だわー」
莉里子がくすくすと笑う。
その時、別の同僚から「着替えたら最後にもう1回余興の練習するよー!」と声がかかった。
琴子のために同僚6人で披露するのは、CAの結婚式ではお馴染みの“寿アナウンス”だ。
「琴子の旦那さんは、慶應の医学部出身、実家の病院を継いだ開業医だよ。ってことはー?」
同期の1人の言葉に、数人が声を揃える。
「ゲストもお医者様ー!」
おろそいのブライズメイドドレスに身を包み、女子校の部活さながらの円陣を組むと、「よっしゃー」と声を揃える。その輪に加わりながら、七海と莉里子はお腹を抱えて笑った。
そして、本番。
寿アナウンスの出だしは、練習どおり七海だ。
「本日はハッピー航空をご利用いただき、まことにありがとうございます。本日の機長は新郎・拓実さん、チーフパーサーは新婦・琴子さんでございます」
ブライズメイドのドレスから制服に着替え、CA然としたいで立ちに会場が沸き上がっている。
「これより長い長い人生に向け、離陸いたします。離陸直後は甘い甘い新婚生活のため深夜のLINEや電話、愛の巣への訪問は飛行障害を与える可能性がありますので、しばらくの間お控えください」
アナウンスをしながらも、同期の結婚式でこうした余興を頼まれるのは本当に久しぶりと七海はぼんやりと考える。
そして、新婦の琴子の美しいドレス姿、幸せそうな様子を七海は少し羨ましく感じていた。
「現地、ハッピーアイランド地方の天候は、雲ひとつない快晴、2人の愛によって気温は上昇、湿度はベタベタのため測定不能となっております」
同期たちもノリノリで余興を楽しんでいた。
そして、余興はクライマックスに差し掛かった。
「大変です!幸せすぎて新婦・琴子さんの意識が遠のいています。意識なし!呼吸もなし!すぐに手当てが必要です。本日のお客様の中にお医者様はいらっしゃいますか?」
莉里子の迫真のアナウンスに会場が大盛り上がりする。
「まことに申し訳ございませんが、この機内のCAは独身ばかりですので、独身のお医者様のみ挙手いただけますか?」
先輩CAたちのために莉里子がアドリブを織り交ぜると、会場にますます大きな笑いが湧き上がる。
と同時に、10数名の男性が「はい!」と次々と手を挙げた。
「お医者様だらけー。2次会、楽しみだね!」
七海の耳元で同期の1人が楽しげに囁いた。
新婦の琴子は、3年前のフライトで新郎の拓実さんと知り合ったそうだ。
この日の余興のように機内で急病人が出て、機内アナウンスでお医者様を募ったところ、真っ先に名乗り出たのが7つ年上の内科医である彼だったとか。
そして、帰りの便にも彼が搭乗していた時、なんとなく縁を感じたという。それは彼の方も同じだった。
「内科医ですが、何かお困りのことがあったら…」ともらった名刺の裏には、携帯番号と食事でもいかがですか?とメモ書きがあった。
「ぶっちゃけ、琴子みたいな運命の出会いを求むー!結婚がしたいっていうよりは、誰かと運命を感じたい!」
七海が言うと、「同感。とりあえず2次会に期待!」と莉里子が小さくガッツポーズをした。
◆
2次会は同じく六本木。メルセデスベンツの2階にある『UPSTAIRS』に移動した。
「みなさんの余興、最高でしたよ」
披露宴で「はい!」と手を挙げた2人の医師が声をかけてきた。
「ほんとですかー?ありがとうございます。余興は久しぶりでうまくいったか心配でした」
七海がにこやかに答えると、「あちらでご一緒しませんか?」と誘われた。
「ありがとうございます。七海さん、ご一緒させていただきましょうよ」
莉里子が間髪をいれず答え、七海たちは医師たちが集うテーブルに着席した。
「みなさん、お綺麗ですね。拓実がCAと結婚するって聞いて、羨ましく思っていたんですよ」
男性の1人がそう言いながら、シャンパンの入ったグラスを手渡す。
3人とも慶應の医学部出身で、1人は慶應病院、2人は都内の総合病院に勤めているという。
― すごく知的だし、スマートだし、チャラチャラしてなくていい感じ!?
自己紹介が終わると、CAも医者も仕事が忙しいうえに、時間の融通が利かないという話で盛り上がった。
「僕ら大学病院の医師は、夜勤があるし、地方病院で救急のバイトもあるしで、恋人ができても、すれ違いばかりで続かないんですよ」
「そうですよねー。大変なお仕事ですよね」
適当に相づちを打つ七海。
「あ、もしかしてCAさんが彼女だったら、飛行機ですっ飛んできてくれたりするのかな?」
1人の医師が冗談っぽく七海たちに話をふる。
― 飛んでいけるわけないっつーの…。
心の声を押し殺し、七海はいつもの笑顔で答えた。
「それは無理かもですねー」
2次会が終わり、帰りの電車の中。
「今日の2次会で出会ったドクターたち、なんだか今ひとつでしたね」
「同感ー!なんだろ?住む世界が違う人たちって感じ。冗談も寒い…」
莉里子に同調する七海。
「でも、一応慶應の外科医とLINE交換したら、早速食事の誘いがきました」
そう言って、莉里子は七海にスマホの画面を向けた。
「あ、ほんとだ。2人でゆっくり話すと意外と楽しいかもよ?行くんでしょ?」
「一応行きますよ」
その時、七海のスマホがブルっと震えた。
見ると、また広告代理店勤務の小川から『元気ですか?』とメッセージが届いている。
「こっちは、小川さんからだった。ほんとめげないよね…」
「彼、本当に七海さんのことが気に入ってるんですね。一度だけゴハン行ってみたらどうですか?」
「うーん、そうしてみようかな…」
今日の2次会よりは、先日の方が盛り上がったのは確かだし、ここまで熱心に誘ってもらったことはあまりない。
「莉里ちゃん、好きな人を見つけるって難しいね」
七海がつぶやくように言うと「難しく考えすぎですよ」と莉里子が笑った。
『七海:元気ですよ。友達の結婚式の帰りです』
小川のLINEに簡単なメッセージを書いて送信する。そして、電車の外を眺め静かにため息をついた。
▶前回:いい男をゲットするために食事会で「CAあるある」を披露する28歳女。男は見抜けないその手腕とは
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あえてドレスを脱ぎ捨て、制服になって…?CAが“イイ男”を見つけるためにしているコトとは
2022年8月18日