「あの頃の自分が思い描いていたオトナに、ちゃんとなれてる?」
高校卒業から12年。
これは様々な想いを抱えて上京してきた、男女の物語だ。
恋に仕事に、結婚に。
夢と現実の狭間でもがく30歳の彼らが、導き出した人生の答えとは?
◆これまでのあらすじ
18歳で恋人の大和を失い、逃げるように上京した千紘。
大和の死を「千紘のせいだ」と言って責め立てた浩二と、それに腹を立てて彼にビンタした亜美が突然結婚するという報告を受け、式場に向かったが…。
▶前回:初めての昼デート。待ち合わせ早々、彼女がバッグから取り出した“予想外のモノ”に、男は唖然とし…
夏原千紘、29歳。上京12年目の真実
「えっ!謎の死の取材、ですか…」
ある土曜の、午前9時。上司の電話で目覚めた私は、思わずベッドから飛び起きた。
「そう。人気アイドルYUNAの突然死。交際してた一般男性が、彼女の死の真相を知ってるって噂があるんだよ。その男性と、関係者への取材をお願いしたくて」
「はい、わかりました…」
曖昧な返事をして電話を切った後、私はフーッと深くため息をついた。
文章を書くのが好き。そんな理由で始めた記者の仕事だが、どこか身が入らなくなっている。
3ヶ月前、プロポーズかと思った幸太郎とのデートで別れをほのめかされ、自ら啖呵を切ってしまったこともジワジワと心を蝕む。
彼と過ごす時間を増やすために部署異動したけれど、今もせわしなくゴシップネタばかり追いかけているのだ。
― こんなはずじゃなかったのになぁ。
もう一度ベッドへ横になり、スマホを開く。業務連絡に交ざって、元恋人の幸太郎からLINEが届いていた。
幸太郎:千紘の荷物、明日着で送りました
別れてから初めて届いたLINE。少し前まで付き合っていたとは思えないほど、そっけないメッセージだった。
千紘:ありがとう。私も明日送ります
すぐについた既読が「了解」ということなのだろう。こうして、結婚まで意識した私たちの恋愛は完全に終わりを告げた。
気持ちを切り替えて12年前のガラケーをバッグに入れると、おろしたばかりのヴァレンティノのパンプスに足を入れる。今日は、浩二と亜美の結婚式なのだ。
2人が、まさか結婚するなんて。気まずいまま卒業して以来、亜美はもちろん高校時代の同級生とも疎遠のままだった。
― 式には誰が来るんだろう。
複雑な気持ちを抱えながら、会場の『The Place of Tokyo』へ向かうために、浜松町駅でタクシー待ちをしていた、そのとき。
背後から、思いがけない人物に声を掛けられた。
「ウェーイ!夏原、久々じゃーん!」
振り返ると、高校時代のクラスメイト・ムラタクこと村林拓也が、手を上げて立っていた。
ツーブロックにブラックスーツ。
だいぶ雰囲気が変わっていたが、12年ぶりに聞くテンションの高い声に、ムラタクだと一発でわかった。
「夏原も結婚式来たんだ。ってか、12年ぶりだよな?」
そう言って、同じタクシーにムリヤリ乗り込んでくる。高校時代、彼と話したことは数回しかない。正直言って苦手なタイプだった。
「最近どーよ?こっちのほうは」
ムラタクは親指を立て、ニヤニヤしながら私に聞いてくる。
「それ、セクハラだよ?…特に何もないから。仕事ばっかだし」
「いつも読んでるよ、夏原の記事!」
「…ありがとう。ゴシップ記事ばっかだけどね」
「今は何を追いかけてんの?」
「今は、YUNAの死の真相を調べてる」
すると、ムラタクは急に真顔になって黙り込んだ。
「え、何?なんか知ってるの!?」
そう言って、彼の顔を覗き込もうとした瞬間。タクシーが急に止まって、前方のシートに頭をぶつけてしまった。
「…大丈夫?あ、タク代出すよ。俺ムラタクだから」
彼は頭を押さえる私に謎のウィンクをかますと、小銭を丁寧に数えて運転手に渡した。
「亜美、浩二!おめでとー!」
窓の外にそびえる東京タワーを背に、真っ白なウエディングドレスに身を包んだ亜美と、緊張した面持ちの浩二が一礼する。すると各テーブルから祝福の声が上がった。
「ウェーイ!浩二、かっこいいぜ!」
シャンパンを片手に、ムラタクも叫んでいる。
高校の同級生で式に呼ばれていたのは、私とムラタクだけだった。亜美たちは愛媛でも披露宴をする予定らしく、高校時代の友人はほとんど地元の方に参加するそうだ。
「…今日はおめでとう」
私は恐る恐る2人に近づいて、声を掛けた。すると振り向いた浩二は、私に気づいてサッと顔をそむけたのだ。
「あ、なんかごめん…」
「いや、違うんだ。…なんか、泣いてしまいそうで」
彼がそう言って、目頭を押さえる。なんと浩二は、涙をこらえていたのだ。
すると浩二との間に流れる微妙な空気を察したのか、亜美がこちらに近づいてきて微笑んだ。
「千紘!久しぶりに会えて本当に嬉しいよ、来てくれてありがとう」
「亜美のマーメイドドレス、すごく素敵。さすがモデル!東京で夢叶えるなんてスゴいよ」
「夢、かぁ…」
私の言葉に、彼女は小さく息を吸い込んだ。そして、思わぬ言葉を口にしたのだ。
「実は、ね。モデルの仕事はとっくに辞めてるの。20代後半から仕事がなくなって、ここ数年は違う仕事をしてた」
「えっ!?そうだったんだ…」
「でも、もういいの!夢を追い続けてきたけど、自分の才能を冷静に見極めることができるようになったというか。東京で限界を感じてて。そんなとき、偶然浩二と出会ったの。
私たち、愛媛に帰るんだ。…東京は、私にとってテーマパークみたいな場所だったな」
そう言って、亜美は白ワインを飲み干した。
「えっ?夢が叶う場所、ってこと?」
「ううん、違う。夢が叶う場所じゃなくて、一瞬の夢を見させてくれる場所」
亜美の言葉に、地元から逃げるようにして上京してきた日のことを思い出した。…私にとって、東京はどんな場所だったんだろうか。
そう考え込んでいたとき、背後からいきなり声を掛けられた。
「お話し中ごめん。4人で飲まない?」
声の方を振り返ると、そこにはムラタクと浩二が立っていた。
「ずっと、後悔してたんだ。あの日『お前のせいで大和は死んだんだ!』なんて言って、本当にごめん」
浩二は頭を下げ、12年前のことを語り始めた。大和は自分のせいで死んだのではないかと思っていたこと。それが怖くて私のせいにしてしまったこと。
「いやいや、もう12年前の話だし。それに、これ。大和は、浩二のこと大好きだったんだよ」
12年前のガラケーを開き、大和からのメッセージを彼に見せた。小さな画面を見つめる浩二を横目に、私は言葉を続ける。
「あとさ。『自転車に乗りながら私からの電話に出て、海へ落ちた』って言うのは事実じゃん。大和は電話に出なかったから、正しくは『出ようとして』だけど」
私の言葉に、今まで黙っていたムラタクが「え?」と言って、顔をあげた。
「いや、自転車に乗ってて海に落ちたっていうのは、浩二が流した噂だよな?先生は『海中転落事故』としか俺らに教えてくれなかったはず」
「…どういうこと?」
動揺する私を横目に、浩二が涙をぬぐいながら頷く。
「あぁ。先生はそれ以上、何も教えてくれなかった。そもそもあの日、俺たちはバスで一緒に帰るはずだったから、大和は自転車に乗ってないと思う」
「じゃあ、大和はなんで…」
私の言葉に、浩二は小さく「わからない」とつぶやいた。
◆
結婚式の翌日。
私はパソコンを開き、アイドルYUNAの謎の死について調べていた。大和の死の真相がわからなくなり、急にこの事件のことが気になりだしたのだ。
メンバーによる他殺や、付き合っていた男性との関係に悩んだ末の自殺など、ネット上には様々な憶測が並んでいる。
「…あぁ!やっぱりもう、こんな仕事やりたくない」
スマホを手に取り「この案件は他の人にお任せしたい」と上司にメールしようとした、そのとき。いきなり電話が鳴った。
着信相手は、まさかのムラタクだった。
「もしもし千紘?今からさ、西麻布交差点まで来れる?」
「えっ!?なんで急に。もう22時だし、行けないよ。…じゃあね」
そう言って電話を切ろうとした私を、ムラタクが必死に引き留めてくる。
「ちょ、待てよ!…今、YUNAと付き合ってたっていう男の人と飲んでるんだけど」
▶前回:初めての昼デート。待ち合わせ早々、彼女がバッグから取り出した“予想外のモノ”に、男は唖然とし…
▶1話目はこちら:交際2年目の彼氏がいる30歳女。プロポーズを期待していたのに…
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ムラタクに呼び出されて、西麻布交差点へ向かう千紘。そこで知った衝撃の事実とは
12年も会っていなかった友人から「結婚式に来て」と言われ…。式の途中、女が近寄ってきて告げたことは
2022年8月17日