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黒い脳髄、仮面のエロス、手の魔法 後藤護の『ベルセルク』評

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 世界中で愛読されるダークファンタジーの傑作漫画『ベルセルク』。作者の三浦建太郎が2021年5月6日逝去したことで未完となっていたが、かつて三浦を支えた「スタジオ我画」の作画スタッフと、三浦の盟友・森恒二の監修によって、2022年6月24日より連載が再開したことでも話題となっている。

参考:穢されないのはなぜか ー娼婦と魔女がいる世界ー 鈴木涼美の『ベルセルク』評

 同作は後世に何を伝えたのか? 社会学者の宮台真司、漫画研究家の藤本由香里、漫画編集者の島田一志、ドラマ評論家の成馬零一、作家の鈴木涼美、暗黒批評家の後藤護、批評家の渡邉大輔、ホビーライターのしげる、漫画ライターのちゃんめいという9人の論者が、独自の視点から『ベルセルク』の魅力を読み解いた本格評論集『ベルセルク精読』が、本日8月12日に株式会社blueprintより刊行された。

 『ベルセルク精読』より、暗黒批評家の後藤護による論考「黒い脳髄、仮面のエロス、手の魔法」の一部を抜粋してお届けする。(編集部)

「すべての希望を捨てよ」

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『ベルセルク』最大の見せ場は「蝕」である、と書くといささか語弊があるかもしれない。しかし最も重要なシーンである、という言い方に批判の余地はないだろう。「黄金時代篇」はこの蝕を至高点としてドラマを盛り上げていくのであり、その後も、巻でのキャスカの精神崩壊の治癒を経てなお、蝕の暗い残像を引きずっていく。

 しかし筆者がとりわけ震撼し、眩暈を覚えたのは蝕ではなく、実はその前段階である。コミックス10巻所収の「千年封土」という回がそれにあたる。「再生の塔」の地下に広がる牢獄、その最下層に閉じ込められたグリフィスを、ガッツ一行が救出に向かうシーンだ。そこは円筒状の空間で、底が見えないほどに螺旋階段が下へ続いている。螺旋状に下に伸びていく構造は、ダンテ『神曲』の地獄の構造をいくぶん想起させる。ダンテの地獄の入口には「すべての希望を捨てよ(Lasciate ogni speranza)」と記されていた。「再生の塔」の下に広がる空間も、拷問されたグリフィスの絶望の深さに呼応するように、まさに希望の光の差し込まない雰囲気である。鎖が張り巡らされ、そこには肉片ともボロきれともつかない黒い不気味な何かがこびりついている。そして鎖の先端には人一人だけ入るサイズの檻がぶら下がっている。

 この地下牢の螺旋階段は、聳え立つ再生の塔と同じ程度の深さであるという。しかしシャルロット姫によれば、「この穴自体は牢獄が造られるよりもずっと以前から存在していてその深さはミッドランド中のどの山よりも深い」(10巻119ページ)という。途方もない深さが描かれるのではなく、語られる。深淵は明示されるのでなく、暗示される。そしてガッツに背負われたシャルロットは、この穴の底には覇王ガイゼリック(のちの「髑髏の騎士」)が建立し、天変地異によって没した享楽都市ミッドランドの廃墟が眠っていると、千年前の歴史を滔々と語る。いわば時間的な長大さが、空間的な深さに置き換えられている。「空間の深さ、時間の深さの寓意」と、ボードレールも『人工楽園』で語った通りである。この歴史語りを契機に、鳥瞰だったパースペクティヴは、仰角に切り替わる。遥か下方から仰ぎ見られたガッツ一行は、豆粒ほどのシルエットに縮小され、歴史の深みに対する人間存在の矮小さが強調される。にも拘わらず、くどくどと話を続けるシャルロットは、深淵の縁に立っていることを自覚していない(とはつまりニーチェを一向に解さない)愚昧さが際立つ。「忘れないで あなたが闇を覗くとき 闇もあなたを覗いている」(26巻126ページ)という魔女フローラの言葉が、この王族の娘には理解できない。

 キャスカが松明を落としてしまうシーンで、深淵は口を開ける(10巻126ページ)。松明は縦に細長い計四コマを使って描かれ、三コマ目では、前二つの倍ほどの長さで深さが強調される。四コマ目では横幅も加わり、松明の光が、不気味で巨大な石像の顔を照らし出す。そして次のページでは、シャルロットが語った千年前の都市の残骸が、モンス・デジデリオのマニエリスム廃墟画のように描かれている。しかし照らし出された地下都市よりも、筆者が眩暈を覚えたのは、その松明の落下時間の長さである。一体どれほどの深さなのか、判然としない。底はあるにも関わらず、なぜか無底のような印象を与える。無限感覚が人間を畏怖させる、エドマンド・バークの言う「崇高美(the sublime)」の感覚がここにはある。人を心地よくさせる美に対して、人を驚愕させ畏怖せしめるのが崇高美で、「恐怖」「曖昧さ」「広大さ」「無限」「唐突さ」などがその主要要素とされる。とりわけバークの指摘で目をひくのが、長さより高さ、そして高さより深さが、より崇高なのだという指摘である。我々読者を畏怖せしめるのは、この深さなのである。

 
   

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