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やっとつかんだ取引先が操業停止に…翻弄される地方中小企業が息を吹き返した「小さなアイデア製品」

幻冬舎ゴールドオンライン

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不渡りを出しながらも、周囲からの温かい支援に支えられ立ち直りかけた、九州の衛生用品会社。しかし、せっかくの新製品は不発となり、また、取引先の工場が操業停止になるなど、苦難が続きます。もう後がない状況で社長が思いついたのは、自社を助けてくれた地元への恩返し、地場産業用の製品づくりでした。そして、そこから新たな道が開けることになります。

時代を先取りした「救急セット」は不発に…

どんなに苦しい状況にあっても父は常に新製品の開発を考えていてまだ世に出ていないもの、よそにはできないもの、それでいて少しでも人の役に立つものを開発したいというものづくりの精神をもっていました。

この頃に開発したのは、ガーゼに脱脂綿を取りつけた「プラスガーゼ」という製品です。これを基に何か新しいものができないだろうかと考えて救急セットを作ってみたものの、売上は芳しくありませんでした。

パシーマの原型となった「清潔フキン」

新しい製品を作ってはみるものの、なかなか売れないという状況を打破するべく開発した自信作が「清潔フキン」でした。脱脂綿にガーゼをつけたものを改良し、フキンとして売り出したのです。今でも、中に綿の入ったフキンは斬新なものです。実はこれが「パシーマ」の原型となります。

この商品で波に乗ろうという矢先、不運なことにハニーの工場が操業停止になってしまいました。ということは、私たちが受注していた脱脂綿加工の仕事もゼロになるということを意味します。

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再建の道に暗雲が垂れ込めたとき父が悩んだ末にたどりついたのは、地場産業のパートナーになろうということでした。

木工家具のクッション材、綿入れ半纏の綿が評判に

父は以前日本中を相手に商売をすることを目指して販路を拡大したり、世界を相手にしようと台湾・シンガポール・インドネシアなどへの海外進出を進めたりしていました。常に意識が外へ外へと向いていたのです。

しかし、これからは初心にかえって足元をしっかりと固めようと考えるようになりました。地域の役に立ち、信頼される仕事をしよう――。父がそんな考えに至った背景には、不渡りを出したときに温かい手を差し伸べてくれた地元の人たちの存在がありました。技術やアイデアを地場産業に提供することで、あのときの恩返しができるのではないかと考えたのです。

もともと九州は地場産業が発達しているエリアです。例えば木工の分野でいうと、筑後川流域は古くから木工家具の製造が盛んでした。その家具のクッション部分にはウレタンを使用していましたが、それを当社の固綿を使ってみてはどうかと試作して持って行ったところ、たいへん喜ばれました。

これを皮切りに、次に考えたのは綿入れ半纏でした。綿入れ半纏は久留米から筑後にかけての特産品の一つです。それまで、半纏の綿には布団綿をそのまま使っていました。

しかし私たちの会社には以前不織布を開発したときに考案した、熱加工による独特の綿がありました。この綿には従来の布団綿と比べて粘りがあるため破れにくく、一枚で作れて作業性も良いうえよく膨れるという性質がありました。

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