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マイナーなジャンルで王道のヒーローを描くーー島田一志の『ベルセルク』評

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 ちなみに、この種の「剣と魔法の物語」が、日本でも漫画、アニメ、小説(ライトノベル)、映画、ゲームと、ジャンルを超えて隆盛しているいま、「『ベルセルク』の連載が始まった頃(1989年)はマイナーなジャンルだった」などといっても、信じてくれる人は少ないかもしれない。だが実際は、三浦建太郎も『ベルセルクオフィシャルガイドブック』収録のインタビューで、「僕がファンタジーを描こうとした頃、日本にファンタジー漫画はほとんどありませんでした」といっているように、本格的なヒロイックファンタジーは、当時の漫画界では、それほど目立ったジャンルではなかったのである。

 個人的な記憶を辿ってみても、『ベルセルク』以前にヒットしていたヒロイックファンタジーの漫画といえば、萩原一至の『BASTARD―暗黒の破壊神―』くらいしか思いつかない。後は『ベルセルク』と同じ年に、三条陸(原作)、稲田浩司(漫画)、堀井雄二(監修)による『DRAGONQUEST―ダイの大冒険―』の連載が始まっている(なお、「ダイの大冒険」は、人気ゲーム『ドラゴンクエスト』の世界観をもとにした作品であり、ヒロイックファンタジーとゲームの関係については、後述する)。

 あるいは、右記の二作に、和田慎二『ピグマリオ』、山岸凉子『妖精王』、中山星香『妖精国の騎士』、竹宮惠子『イズァローン伝説』、安彦良和『アリオン』、夢枕獏+天野喜孝『アモン・サーガ』、藤原カムイ×寺島優『雷火』、手塚治虫『プライム・ローズ』といったところを加えてもいいかもしれない。しかし、ざっと思いつくのはそれくらいだ。むろん、私としてもすべてを把握しているわけではないし、探せばまだあるかもしれないが、いずれにしても、80年代の末まで、ヒロイックファンタジーに分類される漫画は(とりわけヒット作や話題作は)、三浦もいっているようにそれほど多くはなかったのである。

 隣接する表現ジャンルである、小説の世界でも似たようなものだ。たしかに、70年代に団精二こと荒俣宏らが訳した「英雄コナン」シリーズ(ロバート・E・ハワード)や、J・R・R・トールキンの『指輪物語』(瀬田貞二訳)など、一部のファンから熱狂的な支持を得ているヒロイックファンタジーはあった。ただし、それらはあくまでも海外の作品であり、日本製の本格的なヒロイックファンタジーといえば、栗本薫の『グイン・サーガ』くらいしかなかったのではないだろうか(それ以外では、豊田有恒「ヤマトタケル」シリーズや、田中光二「ヘリック」シリーズ、田中芳樹『アルスラーン戦記』などか)。ところが80年代の終わり頃には、これまたゲーム(といってもコンピュータゲームではなく、テーブルトークRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』)の誌上リプレイがもとになっている、水野良の『ロードス島戦記』のような作品が、新しい世代のファンタジー読者を育てつつあった。

 そう、ここでも注目すべきは、やはりゲーム―RPG(ロール・プレイング・ゲーム)の存在なのである。『ベルセルク』の連載が始まった80年代末、RPGの形で表現されたヒロイックファンタジーは日本でもメジャーな存在になっており、たとえば、『ゼルダの伝説』、『ドラゴンクエスト』、『ファイナルファンタジー』といった(1986年から1987年にかけて第一作が発売された)コンピュータゲームのヒット作の多くはシリーズ化され、いまなお高い人気を誇っている(特に『ドラゴンクエストII』および『III』は、社会現象的な大ヒットを記録した)。つまり、日常的にRPGの世界観に親しんでいた(80年代末の)若い世代にとって、「剣と魔法の物語」は比較的身近な存在になっていたわけであり、それに気づいていなかったのは、漫画や小説の送り手だけだったということではないだろうか。実際、前述の『BASTARD』がヒットした際にも、「この種のジャンルの漫画が売れるのは珍しい」というような奇妙な評価(?)のされ方をしていたように記憶している。

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 果たして当時の三浦が、どこまでそうした時代の流れを意識していたのかまではわからないが、原型となった投稿作(1988年『月刊コミコミ』掲載)を経て、1989年に『ベルセルク』の連載が始まったというのは、(水面下では機が熟していたという意味でも、ライバルが少ない“隙間”のジャンルを狙ったという意味でも)ベストのタイミングだったといっていいだろう。結果的に、(掲載誌の『月刊アニマルハウス』および『ヤングアニマル』が地道に推し続けたということもあるだろうが)同作は多くの読者に受け入れられ、日本のヒロイックファンタジー漫画の礎のひとつになった(とはいえ、いきなり連載開始時から爆発的に売れた、というわけでもなく、物語が進むにつれ、じわじわと口コミで高評価が広がっていったような印象がある)。

 なお、『THEARTWORKOFBERSERK』のインタビュー・ページには、三浦の自作についての興味深い発言が収録されており、それによると、「僕の中では海外読者のイメージがそれほどないのですが、日本人が描いたファンタジーが海外に通用するのか、最初の頃からずっと思っていました。それは日本人にとっての外国人が作るなんちゃって時代劇で、違和感も含めて楽しんでくれているのか、本格ファンタジーとして通用しているのか…これはまだ分かりません」とのこと。

 むろん、『ベルセルク』は本格ファンタジーとして充分通用していると思うが、ここで三浦がいっている、「なんちゃって時代劇」ならぬ「なんちゃってヒロイックファンタジー」に自作がなってしまうかもしれないという恐れこそが、海外で発展したヒロイックファンタジーというジャンルに対して、かつての日本の漫画家や小説家たちが及び腰になっていた理由のひとつだといえるかもしれない(それ以外ではやはり、荒唐無稽な「剣と魔法の物語」は、どこか幼稚なものだと思われて敬遠されていたのだろう)。

 いずれにせよ、描き手にとっても出版社にとっても、「ヒロイックファンタジーの漫画は売れない」という先入観があった時代に、三浦建太郎はまさに絶妙なタイミングで、大きな突破口を開いたといっても過言ではないのである。

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