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【コラム】「ここで現役を終えます」…20年ぶりに故郷・町田に帰還した太田宏介の“夢”

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【コラム】「ここで現役を終えます」…20年ぶりに故郷・町田に帰還した太田宏介の“夢”

◆20年ぶりの古巣“エフマチ”へ

“エフマチ”から巣立ったサッカー少年が20年ぶりに故郷・町田へと帰ってくる。そのニュースがリリースされると、太田宏介の携帯電話にはたくさんの連絡が届いた。その中には、彼に関わった多くの指導者や、お世話になった人たちも含まれていた。

「今までで一番か、二番ぐらい連絡が来たかな。ここ何年も連絡を取っていなかった(町田の)人からも連絡が来た。まだ、こういうつながりがあったんだってうれしかった。そして、『絶対に試合を観に行くよ』と、言ってくれた。こんなにもたくさんの人たちに支えてもらっていたことをあらためて思い出した」

生まれ育った町田にはそれだけ多くの思い出が詰まっているのだろう。その宏介からFC町田ゼルビア加入の報せを聞いたとき、頭に浮かんだのは母・祐子さんと、6つ上の兄・大哉さんの顔だった。うれしいことも苦しいことも家族3人で乗り越えてきた。涙もろい母と、頼りになる兄の存在が、彼のキャリアの何よりの支えだった。

中学時代に両親が離婚し、母子3人で一軒家からアパートへと引っ越した。その日から大哉さんは、兄と父の一人二役となった。そして、この兄弟は「いつか二人で稼いで母親を楽させる」と、母親孝行を誓い合う。兄はどんなときも「お前にはサッカーがある」と言い、いつも宏介の良き理解者で、一番のファンで在り続けてきた。

宏介がプロに入りたての頃、兄名義で一緒にマンションを購入して母にプレゼントしたことがあった。自分は鶴川の中古車屋で買った走行距離十数万kmの車を乗っていたのに、だ。兄弟で気持ちの強さを確かめるためでもあったのだろう。

◆「町田で頑張っている姿を見せたい」

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その後、兄は仕事で成功し、弟は日本代表まで上り詰めた。母にとっては「自慢の息子たち」だ。いつもそう言って目元をぬらす母に決まって、兄弟は声をそろえて言ってきた。「まだまだこれからでしょ。どんどん母親孝行していくから」。そうやって互いを試金石にし、思いの堅さを確かめ合うように切磋琢磨してきた。

今夏にオーストラリアから帰国すると、その大哉さんから「ここでキャリアを終えてもいいんじゃないないのか? 十分やりきっただろう」と言われた。違うフィールドで戦ってきた兄弟が手を合わせ、新たなキャリアを歩むという夢があったから。

ただし、町田からのオファーは別だった。宏介からは「最後はFC町田ゼルビアに行きたい」と聞いていた。何よりも、大哉さんは父の顔で「どんなときも感謝の気持ちを示せ」と、宏介に言い続けてきたからだ。だから、その話を聞いて兄も自分のことのように喜んだと言ってこう語った。

「最後のストーリーとしてもいいし、何よりお世話なった人たちに恩返しもできる。それに兄貴が育った場所でもある。Jリーグの時はアウェーでも試合をよく観に来てくれた。オーストラリアには来ることができなかったけど、オランダにも試合を観に来てくれた。その日常が戻ってくるのがうれしかったのだと思う。だから、めちゃめちゃ歓迎してくれた」

「それに」と言って、宏介は弟の顔になる。

「兄貴という立場よりも、オレにとっては父親的な存在だった。いろいろな手続きは、いつも忙しい母に代わって兄貴がしてくれた。高校生の頃からバイトをしてオレの学費にも充ててくれた。だから、オレはノビノビとサッカーができた。兄貴にとっては苦しい思い出が多い場所かもしれない。だから、兄貴には町田でいい思い出を少しでも増やしてほしいという思いもある」

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