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元自衛官の芥川賞作家が描く不条理でリアルな現代の戦争小説『小隊』

ダ・ヴィンチWeb

『小隊』(砂川文次/文藝春秋)

 文春文庫『小隊』は『ブラックボックス』で芥川賞を受賞した元自衛官の作家、砂川文次のミリタリー小説3編を収録している。最初に収録された表題作で描かれるのは、北海道に上陸したロシア軍の侵攻を阻止するために配備された自衛隊、その小隊を率いる安達3尉が体験する“初めての戦場”だ。初級幹部である安達だが、いつ始まるとも知れない戦闘を前にして常に緊張した状態を保っているわけではない。連絡が取れない恋人のことを思い、たまに出る温かい食事と睡眠を楽しみにして、風呂に入ってコーラが飲みたいと願いながら任務に従事している。隊員たちも日露政府の外交情勢よりも気にかかるのはファイターズの試合結果だ。

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“本当に、戦闘は起きるのだろうか。恐怖とか緊張とかではなく、ただ単純に面倒だった。”

 しかし、戦闘は始まる。遠くから少しずつ近づいてきた砲声は濁流のように安達たちを呑み込んでいく。不条理で理不尽で圧倒的な暴力に晒され、自分もまた暴力を返し、混乱する戦場を安達は駆け巡る。軍事専門用語を多用しながら描かれる戦場の恐怖と緊張、そして不快感のディテールが衝撃的だ。そもそも、なぜロシアは北海道に侵攻してきたのか、なぜ自分たちが最前線に立っているのか。安達はそんなことを考えることすらできない。

“自分を支えるのは不撓不屈の精神でも高邁な使命感でも崇高な愛国心でもなく、ただ一個の義務だけだった。”

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 安達たちがいる地獄のような戦場は日常と地続きでありながらも隔絶されている。彼らが小便を漏らして砂と血にまみれて這いつくばっている間にも、世間の人々はいつもと変わらない日常を過ごし、その地獄に気がつくことはない。きっと、現実の戦争もこのように進行していくのだろう。

 2編目『戦場のレビヤタン』は武装警備員=傭兵としてイラクの紛争地帯に出向き、英国企業の石油プラントを警護する任務につく元自衛官Kを描く。自衛隊を辞めたあと、“記号的消費者”として時間を浪費するような世間に耐え難い退屈と焦燥を感じていたKは、死をそばに置いておくことで、そこから脱しようとした。

“生きていない状態から脱出するためには、死を取り戻さなければならない。”

 しかし、直接的に死を交換し合う仲間(グッドメン)と敵(バッドメン)しか存在しない戦場という極限状態にあっても、結局人は自らが望む共同幻想のような価値規範の鎖につながれているのではないかとKは悟る。それでも、Kにとって生きていることを教えてくれる苦痛や痛み、不快感、そして風を感じることができるのは戦場だけなのだ。

 最後の1編は文學界新人賞を受賞したデビュー作『市街戦』。本作では自衛隊幹部候補生の100キロ行軍訓練とその合間に夢のように浮かび上がってくる過去の幻視が描かれていく。重さ30キロの背嚢をかつぎ、疲労と不快と苦痛に耐えながら、機械のように役割を果たす行軍のリアリズム。学生時代、恋人や友人たちと過ごした曖昧で微温的なモラトリアム。就職難で家族ともうまくいかず、閉塞した現実から逃げ出すようにして自衛隊に入隊しても、過去の残滓はまとわりつく。訓練の最後、敵地突撃を想定した攻撃作戦において現実と幻想がシームレスに入り混じる中で描かれる過去との決別が切ない。

 どの作品も自衛官時代の経験が活かされているであろう詳細な軍事描写と兵の心理描写に戦闘に引き込まれるような感覚を味わう。そして、その戦争状態はもちろん現代社会のメタファーとしても読むこともできる。いつの間にかシステムの一部に組み込まれ、その不条理で理不尽で圧倒的な流れから逃れることもできず、ただ、機械的に役割を果たすためにもがくだけ――そういう状況はこの社会のあちこちに存在していて、それでもレイヤーが違えばほとんど見向きもされず、顧みられることもないのだ。

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