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『デフレの正体』の著者が解き明かす、インフレの正体

日刊SPA!

『デフレの正体』の著者が解き明かす、インフレの正体

◆金融緩和をしても消費は増えない

―― 岸田政権はアベノミクスを引き継ぎ、金融緩和を継続しています。その影響から円安が進み、電気代やガソリン代などが上昇していますが、個別の品目を見れば値段が上がっていないものも多く、賃金も上がっていません。藻谷さんは『デフレの正体』(角川新書)以来、金融緩和を行えば景気が回復するという見方を批判してきましたが、現在の状況をどのように見ていますか。

藻谷浩介氏(以下、藻谷) 端的に言えば、アベノミクスは間違いだったということです。アベノミクスはリフレ派の理論に基づいていますが、簡単にまとめると、「金融緩和を行えば多くの人たちがインフレになると思い、物の値段が上がる前にお金を使うようになるので、消費が増えて景気が回復する」というものです。

 しかし、これから物価が上がるかもしれないと思ったからといって、果たして私たちは消費に走るでしょうか。常識的に考えれば、物価が上がれば生活が苦しくなるので、節約して消費を控える人も多いでしょう。実際、最近ガソリン代が高くなっていますが、「これからどんどんガソリン代が高くなるので、その前に車に乗ってガソリンを消費しよう」といった話は聞いたことがありません。

 企業も人件費を削ったり下請けに負担させることで、できるだけ価格に転嫁しないように取り組んでいます。価格転嫁して商品やサービスの値段を上げると、売り上げが落ち、結果として損をする場合があるからです。

 アベノミクスが失敗だったことは、具体的な数字を見れば明らかです。最新の内閣府国民経済計算で個人消費を見ると、就職氷河期と言われた1997年は241兆円でしたが、2019年は249兆円で、ほぼ横ばいでした。2020年はコロナ禍の影響で234兆円となり、就職氷河期を下回りましたが、コロナの前でも、内需は拡大していなかったのです。

 一方、金融緩和で円の流通量が増えたため、円安となって上場株の時価総額は2.6倍に上がりました。しかしドル換算では1.5倍で、さほどの上昇ではなく、しかも資産家の貯金が増えただけで、数字が示す通り個人消費には株の儲けはまったく回りませんでした。

 当然に、経済も成長しません。同じ時期の名目GDPは、1997年は544兆円、2019年は558兆円でした。22年で14兆円増、年率換算で0.1%増、つまり横ばいです。2020年は542兆円で、やはり就職氷河期を下回ってしまいました。

 ちなみに若者の雇用改善は、多年の少子化により新規学卒者が4割近く減った結果で、働く若者の絶対数は非正規を含めても年々減っています。これをアベノミクスの成果とするのは、悪質なフェイクニュースと言えましょう。

 そもそも金融緩和は、アベノミクス以前にも20年間、続けられていました。その間、お金の量を3倍に増やしたのに、個人消費はほとんど変化しませんでした。この現実に学べば、アベノミクスで消費が増えないことは、やる前から明らかだったのです。

◆過度の円安は輸出産業にとってもマイナス

―― 円安になれば輸出は増えますが、ここまでガソリン代などが上がってしまうと喜んでもいられません。

藻谷 日本と同じように世界各国も金融緩和を行っていた昨年までは、円は1ドル=110円くらいで安定していました。ところが今年、世界各国が金融緩和をやめて利上げに動いたのに、日本は相変わらず金融緩和を続けたため、円は1ドル=135円まで急落してしまいました。

 円安とは要するに、輸出品は買い叩かれて、輸入品は高くなるということです。ドル資産を持っている富裕層は得をしますが、円で生きる庶民には損です。自国の通貨が弱くなるのを、損をする庶民まで喜ぶ国というのは、日本くらいではないでしょうか。

 経済学の授業では、輸出は円高で減り、円安で増えると教えるかもしれません。ですが実際には、日本の輸出は国外メーカー向けの機械、ハイテク部品、高機能素材が中心なので、為替レートではなく世界の景気に連動します。好景気の2021年の日本の輸出額は、82兆円と史上最高額でしたから、世界景気が下り坂の今年は、円安でも増えにくいでしょう。

 国際収支を見ると、日本が黒字を稼いでいる国と赤字になっている国は、長い間ほとんど変化がありません。日本の最大のお得意様はアメリカで、2021年には11兆円の黒字を計上しました。その次は中国(+香港)で、同じく5兆3000億円の黒字を稼がせてもらいました。台湾、韓国、英国、ドイツ、インドなどに対しても、日本は常に黒字です。

 これに対して、日本が赤字になっているのは、中東諸国やインドネシア、マレーシア、ロシア、オーストラリアなど、化石燃料やウランの産出国です。つまり、日本が欧米や中国から稼いだ黒字は、中東などに払う光熱費に消えているのです。

 円安は、化石燃料や食料の輸入価格を自動的に高騰させ、富を国外に流出させます。今年の貿易収支が大幅な赤字に転落するのは確実です。輸出産業にとっても、輸入原材料や光熱費が高くなるのは問題で、過度の円安になると国内工場は不採算になってしまいかねません。「円安=良いこと」と機械的に覚えている人たちが、いまだにアベノミクスは成功したと言っていますが、あまりに現実がわかっていないと言えましょう。

◆原発再稼働では電力を賄えない

―― エネルギー価格の高騰を受けて、日本では原発を再稼働すべきだという声が強くなっています。

藻谷 原発についてもきちんと実態を踏まえて議論する必要があります。まず前提として、東日本と西日本では周波数が異なるので、お互いに電力を融通できる量が限られています。西日本ではいくつかの原発が再稼働されていますが、その電気をそのまま東日本に送ることはできないのです。

 それでは東日本の原発はどうなっているかと言うと、もともと東日本には20基以上の原発がありました。しかし東日本大震災の結果、福島にあった10基の原発はすべて廃炉となり、7基ある柏崎刈羽のうち5基も、度重なる地震で痛んで停まったままです。柏崎刈羽の残り2基と東海第二、女川、東通を全部再稼働させても基数は一桁ですから、東日本の電気を原発中心で賄うのは絵空事です。震災直後から明らかなことですが、新設の動きもありません。結局、日本は省エネと再生可能エネルギーでやっていくしかないのです。

 この間、世界では再エネの活用が進んで発電コストが下がり、原発の発電コストよりも安くなりました。日本でも原発事故のあと、化石燃料の輸入額は増加しましたが、輸入量自体は減っています。世界に遅れつつも、やはり省エネと再生エネが進んでいるからです。

 東北や九州では地熱発電が半世紀前から実用化されており、たとえば大分県では電力の3割以上を賄っています。しかし北海道を筆頭に、豊富な地熱を活かしていない場所がまだ無数にあります。地熱発電は地下1000m以上の高圧水蒸気を使うので、温泉には無関係なのですが、計画が持ち上がるたびに、「地熱発電をすると温泉が枯れる」というデマを撒く者が暗躍してきました。いいかげんにだまされるのはやめたらどうでしょうか。

 もし日本が震災直後から再エネを進めていれば、現在のように石油価格が上昇しても、電気代は上がらず、国民生活が苦しくなることはなかったはずです。しかし、原発再稼働に異常にこだわる日本政府は、貴重な10年間を空費させてしまいました。

◆里山資本主義への転換を

―― 一刻も早いアベノミクスからの脱却が必要です。藻谷さんは以前から「里山資本主義」を提唱していますが、いまこそ里山資本主義へ転換すべきです。

藻谷 国債金利はほぼゼロなので、0.1%上がるだけでも国債の価格は大きく下落します。そうなると、膨大な国債を買い込んでいる日銀は、巨額の含み損を抱えてしまいます。だから金利上昇をなんとしても避けようとして、日銀は金融緩和をやめられないのです。

 しかし、いずれ必ずこの後始末をしなければならないときが来ます。そのとき日本は大変なダメージを受けるでしょう。それをできるだけ小さく抑えるには、私たちの生活の中でお金に頼る部分を少しでも減らす必要があります。

 資本主義はお金を儲ける主義だと、誰が決めたのでしょうか。資本とはそもそも、「循環再生して使えば利子がつくもの」のことで、利子も含めてお金とは限りません。農地という資本からは農産物という利子が、山林という資本からは水や木材や薪という利子が、人のつながりという資本からは物々交換や助け合いという利子が、地域についての情報という資本からはビジネスチャンスという利子が生まれます。こういうお金以外の資本と利子を重んじるのが、里山資本主義です。

 里山資本主義もお金を稼いで使うことは否定しませんが、実際のところ、日本ではお金を持っていても金利がつきません。お金は必要なものを買う分だけ稼ぐことにしつつ、頼れる資本を、お金以外にも増やしていくことをお勧めしています。

 すでにそうした試みは各地で行われています。たとえば、宮城県の気仙沼には、地場零細資本の飲食店や宿泊施設などでのみ利用できる気仙沼クルーカードというものがあります。お店側はこのカードの利用情報(これが資本)を分析して、顧客が何に関心を持っているかをリアルタイムで把握し(これが利子)、それを踏まえてサービスの変更など様々な工夫をしています。その結果、気仙沼クルーカードの加盟店は、コロナ禍でも売り上げを増やすことに成功しました。

 社会にとっては、若い世代が資本です。そうしたヒトという資本の「循環再生」のためには、地方の役割がとても重要です。全国から若者が集まる東京都の出生率はわずか1.13ですから、ここに集まったヒトは循環再生されず、消費されていってしまうだけなのです。

 地方と言えば「少子高齢化が進む」と括られがちですが、全国約1700の自治体のうち過疎地の数百の自治体では、もう年寄りの成り手も足りない状態で、70歳以上の人口が減り始めています。そのためこうした自治体では、福祉に使ってきたお金を子育て支援に振り向けられるようになっているのです。

 東京の人全員とは言いませんが、このことに気づいた人が1%でも地方に移住すれば、人口は増えますし、彼らも豊かな生活を送ることができるはずです。日本政府はこうした動きを後押しするような政策を実施すべきだと思います。
(7月5日 聞き手・構成 中村友哉 初出:月刊日本8月号)

もたにこうすけ●1964年、山口県生。日本総合研究所 主席研究員。。88年東京大学法学部卒、同年日本開発銀行(現、日本政策投資銀行)に入行、92年コロンビア大学経営大学院留学、2003年同行地域企画部参事役、07年日本政策投資銀行参事役。12年から現職。著書に『実測!ニッポンの地域力』(日本経済新聞出版社)

【月刊日本】
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

―[月刊日本]―

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