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機内でビジネスマンから名刺をもらった28歳CA。ステイ先で連絡したら意外な展開に…

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機内でビジネスマンから名刺をもらった28歳CA。ステイ先で連絡したら意外な展開に…

高度1万メートルの、空の上。

今日もどこかへ向かう乗客のために、おもてなしに命をかける女がいる。

黒髪を完璧にまとめ上げ、どんな無理難題でも無条件に微笑みで返す彼女は「CA」。

制服姿の凛々しさに男性の注目を浴びがちな彼女たちも、時には恋愛に悩むこともあるのだ。

「私たちも幸せな恋愛がしたーい!」

今日も世界のどこかでCAは叫ぶ。



Vol.1 空の上で渡される名刺


「あー、疲れた!」

土曜日の22時。

リモワのキャリーをゴロゴロ引きずりながら、七海は3日ぶりに自宅に戻ってきた。家を出たのは水曜日の朝。成田からシカゴに飛び、2日現地にステイし、成田まで乗務してきたばかりだ。

玄関のドアを開けると、部屋に閉じ込められていた湿気がムワッと流れ出てきた。

「暑っ!」

川崎駅から徒歩10分ほどの賃貸マンションは、羽田から便がいいことを理由に3年前から住んでいる。とはいえ、成田便のときは、遠すぎるのが難点だ。

七海は、玄関でローヒールのパンプスを脱ぎ捨てる。

そのままバスルームに向かい、お風呂の給湯ボタンを押す。そして玄関に戻り、その場でキャリーケースを広げた。

フライトから戻るとすぐに、着用済みの衣類を洗濯機に入れ、購入したものをしまうことが習慣づいている。

それから洗面所でメイクを落とし、鏡を見て「ふぅっ」と一息ついたとき、七海は違和感を覚えた。

― なんか、違うんだよなぁ。家を出た時と。なんでだろ?

キッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、グラスに注ぐ。それを一気に飲み干したら、また同じ「なんか違う」感じがする。

部屋をぐるっと見回し、クローゼットの中の部屋着を取り出そうとした時。

七海は“違和感の正体”に、ようやく気づくことができた。

「あれ?ない?」

慌てて洗面所まで戻ると、それは確信に変わった。

「なくなってる?新太の私物」


洗面所にあったアラミスのメンズコスメ、グルーミンググッズ。

ベッド脇のコンセントにささっていたサーフェスの充電器、クローゼットに何着か置いてあったスーツやシャツ、部屋着…。

跡形もなく無くなっているのは、付き合って1年になる恋人のもの。

― 衣替え?それとも出張があって取りにきたとか?

新太から何か連絡が入っているかもしれないと思い、七海はバッグからスマホを取り出す。

すると、案の定彼からのLINEが来ている。

急いでメッセージを確認すると、さっき空港から七海が送った『ただいま、帰ってきたよ♡』の下に、あまりにもそっけない一文があった。

『七海、ごめん。別れよう』

七海のあらゆる思考が停止する。そして、次の瞬間、反射的に新太に電話をかけていた。

「新太、ねえ、どういうこと?」





翌週。

「七海さん、やっぱりハワイは最高ですねー。はい、カンパーイ!」

シカゴから戻り、3日間のオフの後、七海はハワイ便の乗務でワイキキにいる。目の前に座っているのは、2年後輩の莉里子、28歳だ。

ホテルでお風呂に入り、仮眠を取った後は、ルームサービスでも取ってゆっくりしようと思っていたのだが。

「えー!久しぶりのハワイなのに、もったいないから、行きましょ!」

莉里子に半ば強引に誘われ、彼女のお気に入りのレストラン『DUKE’S WAIKIKI』にやってきたのだった。

ワイキキの美しいビーチを目の前に眺め、莉里子はご機嫌でカクテルのグラスを傾けている。

― はぁ…疲れた…。

七海が、ため息をつきながら浮かない顔をしていると、莉里子がケールとロメインのシーザーをとりわけ、目の前に差し出した。

「で?3日間の休みは、ひたすら泣き暮らしていたってことですか?」

「まぁ、落ち込んだよね…」

先週、シカゴから戻った直後に届いた、新太からの突然のお別れLINE。七海は理由を聞くために電話をかけた。

「どうして、急にそんなこと言うの?」

「急に思ったわけじゃないんだよね…。七海のことは好きだけど、最近、すれ違いでほとんど会えないし」

新太は、七海と同じ30歳。メーカーに勤める彼は、残業はなく、土日もしっかり休むことができる。サーフィンが好きで、少し時間ができると季節を問わず、いい波を求めて茨城や湘南に出かけてしまう。

共通の友人の紹介で知り合い、付き合い始めて1年とちょっと。

コロナ禍は、七海のフライトが少なかったし、飛んだとしても国内ばかりだった。スタンバイの日も多く、2人で過ごす時間は十分取れた。

しかし、今年の春頃から、少しずつフライトが増えた。最近では元通りとまではいかないまでも、スケジュールに国際線のフライトも入るようになった。

「フライトの予定って、希望とか出せないの?休みは平日ばっかりだし、たまの日曜日に家にいてもスタンバイだとどこも出掛けらないし」

新太は、次第にお互いの休みが合わないことに文句を言うようになった。

「前から聞きたかったんだけど、七海ってずっと仕事を続けるつもりなの?」

結婚の2文字は出てこなかったが、将来のことを気にする口ぶり。

「体力的に厳しいと思うこともあるけど、私、この仕事が好きなの」

この時以降、なんとなく新太との間に隙間ができたような気がしている。

「すれ違いが嫌なんて…、どうしてCAを彼女にしたんだって感じですね。その男は!」

莉里子が怒り気味に言った。

「この前、言われちゃったんだよね。結婚したら海の近くに住んで、休みの日は家族でサーフィンしたり、キャンプしたりするのが夢だって。でも、君とは休みが合わないから無理そうだって…」

そういう七海の目線の先にはワイキキの青い海がある。次第に、彼女の瞳にうるうると涙が溜まっていく。

「七海さん、そんな男こっちから願い下げですよ。恋人が留守の間に合鍵で泥棒みたいに、私物を取りに戻り、LINEで別れを告げるって、男としてサイテー」

莉里子はプリプリと文句を言いながら、メニューを手に取った。

「七海さんがCAを辞めるわけない、って思っているから、追いかけてこないような理由を付けているんです。あ、もしかしたら他に女ができたのかも」

莉里子の言う通りだと、七海は頭ではわかっている。

彼のやり方はズルいと思う。

だが、それを認めてしまうと、これまでの楽しかった1年間の思い出までもが、消えてしまうような気がした。

海で子どものように楽しそうにはしゃぐ彼の姿が、七海の脳裏に浮かんでは消えていく。だが、諦めるしかない。

「今回のハワイは、失恋旅行ならぬ失恋フライトって感じだね」

七海がおどけて言う。

「とりあえず、お肉食べて元気出しましょ」

莉里子が明るく話題を変える。

「円安でなんでも高いですけど、もうこうなったら、ケチケチしないでパーっといきましょう」

そう言いながら、彼女がバッグのポケットからあるものを取り出した。



「じゃじゃーん!」

莉里子が七海の目の前に2枚の名刺を並べた。

そして、「今日フライト中にいただいた名刺です」とニヤリとした。

「これ見て!ほら」

そのうちの1枚を裏返すと、手書き文字で「ステイ中にご飯でもご馳走させてください」とあり、LINE IDが書かれていた。

「え?まさか呼ぶの?」

「呼びますよ。ご馳走させてくださいって書いてあるもの」


今日のフライトでは七海、莉里子ともにビジネスクラスの担当だった。

名刺は、その際に莉里子がお客様からもらったものだ。

「IT関連の社長と弁護士。どっちがいいですか?大学の友達同士で乗っていた弁護士の方が話弾みそうですよね」

ビジネスの場合、エコノミーに比べてお客様一人ひとりと関わる機会が多い。

色白な肌に艶やかな黒髪、太眉にぽってりとした唇。莉里子の容姿は同性から見ても色っぽい。それでいて人懐っこいので、お客様も声をかけやすいのだろう。

彼女は、機内での出会いをうまく利用するタイプで、最近別れた恋人も元お客様のイギリス人だ。

「莉里ちゃん、ハリーと別れてから彼氏いないんだっけ?」

「彼と別れてからは誰とも」

莉里子は情熱的に恋愛に走るタイプで、いつもハンターのように誰かを追っている。

「でも、いろいろな経験と反省から、私、もう見た目で選ぶのはやめました」

そう言いながら、該当のLINE IDを探し、慣れた様子でメッセージを打ち始めた。

「七海さんも仕事に理解のない男なんてさっさと忘れて、新しい出会いを見つけたほうがいいです。あ、もう返信きた!」



20分後。

「嬉しいなぁ。さっきまで同じ飛行機に乗っていたCAさんたちとご一緒できるなんて」

七海と莉里子の前に、LINEで呼び出した男性陣が現れた。

「急にご連絡しちゃってすみません。久しぶりのハワイなので、2人だけも寂しいかなって」

3人は同じ大学出身で、ヨット部だったという。

ヨットというワードに、七海はサーファーだった新太を否が応でも思い出してしまう。

「何を召し上がりますか?」

だが、そんな記憶を必死で打ち消し、七海は穏やかに微笑んだ。

CAたるもの、どんなに気分が沈んでいても、反射的に笑顔を作ることができる。筋肉が記憶しているのだ。

「じゃあ、ビールと、食事はオススメで!」



話も弾み、お酒も進んだ。途中、七海と莉里子は2人そろって化粧室に立った。

「意外と楽しいんだけど。呼んでくれてありがとう!」と七海が言うと「やっぱり?私も」と莉里子が答えた。

「話題も豊富だし、レストランでの振る舞いもスマート」

彼らと話していると「男は新太だけじゃない、他にもいい男はたくさんいる」と七海は思えてきた。

「真ん中の彼は既婚だからなしでしょ。右と左、日本で会うなら七海さんどっち?」

莉里子がメイクを直しながら聞く。七海はその様子がおかしくて、吹き出して笑った。

「やだ、莉里ちゃん。ビーフ or チキン?みたいに言わないでよ」

すると莉里子が七海の手を取り、真顔で言う。

「何言ってるんですか。人生は取捨選択です。七海さん、次の恋と婚活、がんばりましょ!」

その言葉に、七海の中で何かが吹っ切れたような気がした。


▶他にも:友達と男女の関係になってしまった…。翌朝、気まずいく空気が流れるなか、女が放った一言とは

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恋人を忘れるために婚活をがんばってみようとする七海に、新たな出会いが


 
   

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