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『不死身のタイマーズ』は邦ロック史の焚書か? 死海文書か? これは聴いてはいけないアルバム。聴くな! 絶対に聴くなよ!

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昨年10月にCDリリースされた三宅伸治&The Red Rocksの『Red Thanks』。8月3日、その待望のLP盤が発売された。ということで、今週は三宅伸治に似たTOPPIなる人物がギターを弾いていたTHE TIMERSの作品を取り上げよう。2015年秋の『TIMERS』を紹介して以来、2度目のTHE TIMERSである。三宅伸治と言えば、今年の『FUJI ROCK FESTIVAL』で、そのThe Red Rocksに加えて、木村充揮ロックンロールバンドのギタリストとしても参加していた。そんなわけでまずはそのフジロックの話から書き始めてみる。

“ミスター・フジロック”忌野清志郎

『FUJI ROCK FESTIVAL ’22』での鈴木雅之のステージをYouTubeで拝見した。「違う、そうじゃない」「恋人」「ガラス越しに消えた夏」といったナンバーに加え、シャネルズ~ラッツ&スターの盟友である桑野信義と佐藤善雄を招いて「ランナウェイ」や「め組のひと」までも披露。多くの人が知るヒット曲を有しているベテランアーティストというのはホントに強い。YouTubeで観る限りでも会場内が大いに盛り上がっていることがよく分かったし、入場規制もかかったと聞く。RCサクセションのカバー曲「スロー・バラード」を歌ったことも話題となっていた。アルバム『DISCOVER JAPAN III 〜the voice with manners〜』(2017年)でカバーして以降、自身のコンサートでも披露していたナンバー。生前に何度も『FUJI ROCK FESTIVAL』(以下、フジロック)のステージを踏んだ忌野清志郎への敬意を表す楽曲としてもナイスな選曲であった。この辺もさすがに百戦錬磨のベテランである。抜かりがあろうはずもない。ちなみに、この鈴木雅之が出演した前日、T字路sも同じ「スローバラード」をカバーしていた。これは全てを観ることができず、短い動画を拝見しただけなのだが、その短い動画を観るだけでも熱演と呼ぶに相応しいパフォーマンスであることが分かった。彼女らもまた素晴らしい。

鈴木雅之やT字路s以外にもRCサクセションや忌野清志郎関連楽曲をカバーしたアーティストがいたかもしれない。その辺は割愛させてもらうが、このコタツ記事を書くために『フジロック』と忌野清志郎との関係をちらりとネットで検索しただけでも、その結び付きの強さが伺い知れた。清志郎のことを“ザ・キング・オブ・フジロック”と言っている記事も見かけた。“ザ・キング・オブ・ロック”と呼ばれていたのは知っていたが、“フジ”も付くとは知らなかった。“ミスター・フジロック”といった呼び名もあった。さぞかし清志郎は『フジロック』に貢献したのかと思いきや──例えば、フジロック皆勤賞だとか、日本人アーティストとしてヘッドライナーの数が最多だったとか──どうやらそういうことでもないらしい。調べたところ、1998年の第2回からソロ、バンド、ユニットとあらゆる形態で何度も出演しているものの、氏が同フェスのヘッドライナーを務めた…といったことはないようである。2008年に大トリを予定していたそうだが、残念ながら病気のためにキャンセルされている。無論、皆勤でもなかった。

そうした記録的なことよりも、『フジロック』が現在の新潟県苗場スキー場に会場を移した年、1999年に、清志郎の「田舎へ行こう! Going Up The Country」が公式テーマソングになった…というようなことが大きいようである。行ったことがないので知らなかったけれど、その「田舎へ~」は会期中、毎朝グリーンステージで流れているそうで、『フジロック』来訪者には馴染み深いものであって、気分を盛り上げてくれる定番曲らしい。なくてはならないものと言ってもいいかもしれない。なるほど。記録よりも記憶といったところか。清志郎が逝去した2009年には有志による忌野清志郎スペシャル・メッセージ・オーケストラが結成されたり、2021年には忌野清志郎 Rock’n’Roll FOREVER with ROUTE17 Rock’n’Roll ORCHESTRA feat.仲井戸麗市が出演したりと、没後もその存在が忘れられることはない。今年の鈴木雅之やT字路sのように来年以降も清志郎へオマージュを捧げるアーティストは出てくることだろう。 “ザ・キング・オブ・ロック”は、夏になると“ザ・キング・オブ・フジロック”、“ミスター・フジロック”と称号を代えて、世代を貫いてロック好きの記憶にますます刻まれていくに違いない。

1990年代のニュースを閉じ込めた歌詞

そんなふうに忌野清志郎やRCサクセションが風化しないことは筆者としても大歓迎である。しかし、忌野清志郎によく似ている人物、ZERRYが1980年代後半に結成したTHE TIMERSはいただけない。あれは封印したほうがいい。いや、現密に言うなら、デビューアルバム『TIMERS』はまだいい。『TIMERS』はメジャーレーベルからリリースされただけあって、危ないとか何だとか言われてはいるが、冷静に聴けばそうでもないことはよく分かる。「カプリオーレ」辺りに危険な匂いがしなくもないものの、今となっては昭和の終わりを市民目線で描いたものとして見ることもできる。最近の人たちにはサラッと聴けるものになっているのではないかと思う。セブン-イレブンのCM曲としてすっかり有名になった「デイ・ドリーム・ビリーバー 〜DAY DREAM BELIEVER〜」が収録されているアルバムでもある。サブスクにもあるし、若い世代にも聴いてもらっていいと思う。『復活!! The Timers』もまだいい。こちらもメジャー流通だけあって、比較的まともだ。「宗教ロック」や「覚醒剤音頭」なんて楽曲もあって、「宗教ロック」はやや物議を醸しそうな内容だけれど、「覚醒剤音頭」は《覚醒剤を追放しましょう》と歌っている。真っ当と言えば真っ当だ。

だが、その『復活!! The Timers』から数日後に発売された『不死身のタイマーズ』だけはいただけない。これだけは聴いてはいけない。絶対に聴いてはいけない。まぁ、百歩譲って、いや千歩譲ってM1「ヘリコプター」と、万歩譲ってM2「夢のかけ橋」はよしとしよう。M1は本作で唯一のスタジオ録音による、オルガンも入ったファンキーなナンバー。ギターのカッティングがシャープでカッコ良い。歌詞は阪神・淡路大震災の際、被災地上空を飛ぶ報道用ヘリコプターの騒音によって、助けを呼ぶ被災者の声が聞こえなかったという事象を批判した内容である。なかなか気骨がある。ちなみに本作(のM2以下)がライヴ録音されたのは1994年12月13日。阪神・淡路大震災が1995年1月17日なので、ライヴの時点では少なくとも歌詞はなかったことは確実で、それゆえの唯一のスタジオ録音なのだろう。M2はカリプソ、もしくはソカと言っていい躍動感あるリズムに乗せて、日本の名立たる橋を建設したこと、引いては世界中に建物を作りたいとする、まさに夢を綴ったものだ。《皇居の中にホテルを建てるだぁ》は“ん?”と思わせるものの、全体の割合からすればほんのわずかであるし、“夢”と言ってるのだから聴き捨てられよう。何より鳶職的な出で立ちでライヴをしていたTHE TIMERSだけに、それに相応しい内容と言える。ここまではいい。

問題はこのあとである。…と、いつもの当コラムであれば、ここでその当該部分を指摘し、歌詞を列挙して、文字数、ライン数を稼ぐところだが、『不死身のタイマーズ』収録曲はそれすらも憚られる内容ばかりだ。どんな内容か。この本文が終わったところの下部に収録曲が記されているので、そこを開いてご覧になってもらえれば大体想像がつくのではないかと思う。検索すればほぼ調べられるので、物好きな方が調べられることを止めはしないけれど、人によってはその想像のかなり上を行っていると思しきものがあるかもしれないので、そう思う方は悪戯にググらないほうがいい。ググるなよ。絶対にググるな。十万歩、百万歩譲って、あえてあえて、その歌詞に何か意義を見出すとするならば、M9「イツミさん」、M10「トカレフ(精神異常者)」辺りに、ジャーナリスティックなスタンスを感じることができるかもしれない。M9は1993年に癌再発を記者会見で告知したのち、亡くなられたフリーアナウンサーのことを綴ったもの。M10は1994年に起こった品川医師射殺事件をモチーフにした歌詞だと言われている。歌詞の内容への賛否、真偽はともかくとして、おおよそ30年前の出来事であるがゆえに、ともに今はほとんど語られることはない。筆者は、M9はともかく、M10は完全に忘却していた。

ちなみに、話は戻るが、M1に関しても、さすがに大震災は忘れてはいないけれど、報道ヘリのことは本作を聴き直すまで気にすることはなかった。ZERRYがどこまで意図したのかは定かではないが、氏がその時に感じたことを楽曲にし、録音して形に残したことで、それらはまさにレコード(=記録)となっている。歌詞の内容の良し悪しとは別に、そこはTHE TIMERSの存在意義として認めてもいいところではあろう。もちろんM1、M9、M10以外にも、そうした側面の楽曲がこのバンドにはある。

キャッチーさとリフレインの妙味

そうは言っても、とりわけ『不死身のタイマーズ』収録曲の大半はやはり手放しに誉められたものではない。とにかく性質が悪いのは、そうした醜悪な内容をポップに演奏し、歌っているところだ。前述のM9、M10で言えば、前者はカントリーブルース、後者はスカだ。M9は軽快なリズムに乗ったアコースティックギターの刻みが心地良く響く。M10は躍動感あふれるダンサブルなナンバーである。タイトルからして、あえてタブーに踏み込んでいることが分かるM5「あこがれの北朝鮮」も同様。ハワイアン歌謡と言っていいような軽やかなサウンドで、メロディーは童謡のように分かりやすい。他には、エレキギターを前面に出したロックが多いが、M3「ゴミ」やM6「ブツ」などは跳ねるようなリズムにキャッチーなギターリフが乗せられていて、ブギーと呼んでもいい代物であって、十分にポップである。M8「お前の股ぐら」はリズムが頭打ちでグイグイときているし、M11「不死身のタイマーズ」及びM12「リプライズ」は、これもまたキャッチーなギターリフでグイグイと迫る。5拍子でシタールっぽいサウンドを取り入れたM4「障害者と健常者」は、サイケで不穏な雰囲気ではあるものの、これもギターや歌の旋律は変に捻っておらず、シンプルと言えばシンプル。なので、決して難解ではない。どれもこれも(M13「最後の御挨拶」は楽曲ではないので、それを除いて)、親しみやすさ全開なのである。

加えて…だ。楽器はもちろんのこと、歌でのリフレインの使い方が実に巧みで上手い。M3での《ゴミ》や、M6の《ブッシャー ブッシャー》、あるいは(厳密に言えばリフレインではないけれど)M5での《キム》の連呼などがそれに当たる。白眉はM7の《トロン トロン》だろう。ライヴで初めて聴いた人でも思わず口にできる親しみやすさがありながら、その効果(?)も分かる。こんなに短くてこんなに分かりやすいフレーズはそうない。公序良俗に反した内容でなければ天晴れと絶賛したいところだが、ここは“呆れてものも言えない”と言っておこう。あと、「雨あがりの夜空に」や「SKY PILOT / スカイ・パイロット」から比喩表現をきれいさっぱり抜き去ったようなM8でも、THE TIMERSならでは…と言えるリフレインを聴くことができる。こちらも最悪なワードの連呼に完全に苦笑いするばかりである。いい大人がやることではない。もっと突っ込むならば、これらのリフレインを使ってオーディエンスとコール&レスポンスを行なおうとした節もある。いくら観客を盛り上げるのがライヴと言っても、やっていいことと悪いことがある。音源を聴く限り、そのコール&レスポンスに応えていたかどうかははっきりしなかったけれど、笑い声や歓声も結構聴こえるので、会場にいたオーディエンスもZERRYに乗せられていたことは間違いない。盛り上がって観客もTHE TIMERSと同罪である。彼ら彼女らもまた大人ではないと言ってよかろう。

賢明な読者の方であれば、ここまでお読みいただいてお分かりになったと思うが、本作は実に醜悪なアルバムなのである。THE TIMERS を指して“さすが清志郎!”とか“これぞロックだ!”といった意見もネット内にはあるようだ。“いや、そもそもあれはZERRYだし…”というお約束の指摘はいったん脇に置いておくが、こうした諸手をあげての絶賛傾向もどうかと思う。成人した、いい大人はこうしたものを喜んではいけないのだ。そう言えば、M11の演奏前、ZERRYは“だまってらんねーのか、お前ら”と騒ぐ観客を一喝したあとで、“ち×こ、ま×こ、し×こ、う×こ”と言っている。こんなことを言って喜んでいるのは子供だけだ。大人が聴いて楽しめるものでないことは、そこだけを取ってみて、明々白々である。本作はすでに廃盤になっているようで、中古市場では結構な高値がついているらしい。幸いにも…と言うべきか、サブスクにもないし、子供が簡単に手に入れられるものではない。ひとまず良かったと言うべきだろう。そうは言っても、子供は抑えが効かないもので、何とかして探そうとする輩は出てくるかもしれない。よって、最後にもう一度釘を刺していく。『不死身のタイマーズ』は聴くな。絶対に聴くなよ。

TEXT:帆苅智之

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