
※本記事は、桂真風氏の書籍『Passengers 過ぎ去りし人たちへのレクイエム』より一部抜粋・編集したものです。
Passengers ――過ぎ去りし人たちへのレクイエム
最後の温泉旅行
時折、外来で見かける男の表情は明るかった。彼が説明通り「真菌による病気」を信じているかどうかはうかがい知れなかったが、おそらく妻は隠し通しているように思えた。
ある日、外来を訪れた男は私に封筒を渡した。
「先生、独身でしょ。僕の会社の社長の娘さん、どうかなと思って。気立てのいい、きれいな娘さんですよ」
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私は確かにその時は独身で、決まった相手はいなかった。ちょっと興味はあったが、この封筒を開けてしまえば男との関係がまた近く太くなる。男の運命を知っているだけに、それは避けるべきだと考えた。
「ごめん、今付き合っている人がいるんだ」
「そうかあ、残念だなあ。いい娘さんなんだけど、写真だけでもどう?」
あの日「こいつが主治医か」という目で私を見つめた目には優しい光が宿っていた。
「目移りしたら彼女に怒られるよ」
「それもそうだね」