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「日本で生きたい」9年後に突然ビザを奪われたクルド人家族の訴え

日刊SPA!

「日本で生きたい」9年後に突然ビザを奪われたクルド人家族の訴え

◆突然、9年間更新してきたビザを失った家族

 9年前、日本にやってきたトルコ国籍クルド人8人家族のトゥンチュ家は、難民申請中にもらえる半年の特定活動ビザを持っていた。9年の間、東京入管で半年ごとにビザの更新をしながら6人の子供たちは日本の学校に通い、それぞれ将来の目標を決めて勉強を頑張っていた。ずっと日本で暮らしていくものだと思っていた。

 今年3月、家族全員が入管に「難民の審査は終わりです」と告げられた。ビザを失うことになることになるなど思ってもみなかった。当たり前のように暮らしていた今までの生活が突然、壊れていくことに家族は動揺を隠せなかった。

「私はもうトルコに帰ることができない。必ず逮捕されます」

 父のトゥンチュさんは時に顔をゆがませ、怒り交じりの声を上げながら語った。

◆クルド人差別・迫害から逃れて日本へ

 トゥンチュさん(48歳)は、実は2回目の来日である。1回目は2001~2005年の4年間、日本で暮らしていた。日本へ来た理由は、トルコでクルド人への差別・迫害が横行していて、生きづらかったからだと言う。

「クルド人が別の町に出ようものなら、すぐジャンダルマ(憲兵)に捕まり、分離独立運動の組織との疑いをかけられ、『IDを出せ』と言われて取り調べを受けます。指紋も取られる。何も悪いことをしていないのに。こんなことが3回もあった。

 妻の弟も捕まった経験があります。羊使いをしていた彼は、たまたま知人に会うため別の町に出かけただけで、テロリストの仲間だと疑われて警察に逮捕された。トルコではジャンダルマ(憲兵)、コルジュ(自警団)、警察、アスケル(軍隊)が、常にクルド人に対して目を光らせています。

 こんな生活にウンザリしていた時に、親戚から日本へ行けば難民申請ができると聞き、妻とまだ小さかった長女と次女を残して一人で日本へ渡りました」

◆帰国を決意し、トルコの空港に着いたとたんに逮捕

 トゥンチュさんは、日本で3か月のビザをもらって更新を続けることができたが、4年目に難民申請が通らなかったことを理由に更新が認められず、オーバーステイとなってしまった。その後、警察に捕まって東京入管に移送された。収容施設に閉じ込められた生活は非常に厳しく、1週間で泣く泣く帰国を決意した。

 ところが、トルコの空港に着くとすぐに警察に逮捕されてしまった。「分離独立運動の組織の仲間だから逃げたのだろう」と疑いをかけられ、4日間の取り調べを受けた。身内が保釈金を払ってくれてなんとか解放され、故郷のガジアンテップまで戻ることができたが、今まで以上にジャンダルマに見張られ、事務所にたびたび呼び出されて尋問を受ける生活が続いた。

 トルコに戻って8年の月日が過ぎ、子供は6人になっていた。夜は出歩けないほど治安が悪く、クルド人として差別を受け続ける生活。「ここで子供を育てたくない」と考えたトゥンチュさんは、悩んだ末に2度目の来日を2013年3月18日に果たした。

 再び日本に行くことに何も不安を感じないわけではなかった。また入管に捕まる可能性もあるかもしれない。だが日本とトルコはビザ免除協定が結ばれているので、入国するのが簡単だった。ほかの国は容易にビザが取ることができないため、選択肢がなかった。

◆私たちだって人間だよ

 2度目の来日では無事に半年の特定活動ビザをもらい、それを更新し続けることができた。妻と6人の子供は、その半年後にトゥンチュさんの後を追って来日した。トゥンチュさんは住宅の基礎工事の仕事をして家族の生活を支えた。子供たちは学校に行き、馴染むまではいろいろとたいへんなこともあったが次第に日本の生活に慣れ親しみ、「学校は楽しい」と言うようになってきた。ところが2022年3月18日、トゥンチュさんが来日してから9年ちょうどで特定活動ビザが切れた。

「私は、ずっと税金も年金も支払ってきました。2歳で日本に来た子供は、いま12歳になっている。悪いことをしてもいないのに、9年経って今さらビザを切られて『難民申請の結果はダメでした。あなたはオーバーステイです。これから家族全員、子供も(入管の)許可なく(現住所の)埼玉から出ることができなくなります』と言われても納得ができない。帰国できない理由があるというのに……。私だって人間だよ。私の子供たちだって人間だよ。外国人だけど……」

◆いまトルコに帰れば、また逮捕されてしまう

 7月6日、トゥンチュさん夫婦と二十歳を超えた長女と次女が東京入管に呼び出され、口頭審理のインタビューを受けた。母親は、インタビューの様子をこう話す。

「インタビューにトルコ語の通訳はついていたけど、私は学校にまったく行っていないのでトルコ語とクルド語が中途半端にしかできない。だからインタビューの内容がよくわからなかった。字も書けないので自分の名前を書くことができない。職員になにか用紙を出されて記入するように指示されたけど、それができなかった。

 トルコでは一人で外に出られない。とても治安が悪い。クルド人だからとトルコ人に狙われることがある。ガジアンテップでは、クルド人だという理由だけで殺された人もいる。トルコへは帰りたくない」

 長女はこう語る。

「入管に『なんで日本にいるんだ? なんで帰らないの?』とインタビューされました。私は13~22歳まで日本にいます。今さらトルコに帰っても何もできないし、帰りたくないのです。家族みんな、日本に残ることを望んでいます」

 トゥンチュさんには、さらに帰国できない事情があった。日本で難民申請をしていたクルド人が半年のビザを取られて入管に収容され、1年間の収容生活に耐えかねて2018年に自主帰国した。帰国後すぐにトルコ警察に捕まり、尋問を受けた。取り調べでは日本にいるクルド人たちの情報を流すようにと脅しを受け、彼は言われるがまますべてを話してしまった。

 そのときにトゥンチュさんの情報も伝えられてしまい、より危険な状況になってしまったという。ネブロース(新春のお祭り)で、トゥンチュさんがクルドの旗と分離独立運動の指導者の顔写真と一緒に写っている姿も警察に把握されてしまった。

「私は2度もトルコから逃げようとした。さらにこの件も含めれば、帰国すれば逮捕されてしまう」とトゥンチュさんの表情は重くなっていく。

◆ビザもらう人と、もらえない人の違いがわからない

 子供たち全員も「トルコへは帰りたくない。日本に残りたい」という意志は固い。三女は今年、都内の公立高校に合格したが、3月から仮放免の扱いになってしまったため日本人の子供のように無償化にはならず、1年で26万円の学費がかかる。トゥンチュさんは授業料を最初に6万円、毎月1万円ずつ払っている。

 四女は中学3年生で、来年には受験を控えている。

「なんで今まで(日本にいて)良かったのに突然ダメになったの? ビザを返してほしい。今、学校は友達もいて楽しいし、将来の夢があるから大学まで行きたい。私は日本人に生まれたかった」

 小学6年生の末っ子も「差別だよ、みんな一緒の人間なのに。ビザもらう人と、もらえない人の違いがわからない。教えてほしい」と語る。

◆日本初のクルド難民認定が追い風となるか

 クルド問題に詳しい、五反田法律事務所の田島浩弁護士に話を聞いてみた。

「ジャンダルマなどに見張られると言うのは、その人の立場や属性、地域による差があるのかもしれません。ただ過去、クルド人たちから受けた相談ではジャンダルマに尋問を受けた、実際に暴行をされたという話を聞いたことはあります」

 この家族は日本に居続けることはできるのだろうか? いつか収容され、強制送還される日が来るかもしれない。

 今年5月、札幌高裁は「帰国した場合、生命の危険が生じる可能性がある」としてトルコ国籍の20代クルド人男性の難民不認定処分を取り消す判決を言い渡し、国が上告を断念した。この判決を受けて、法務省は男性を難民と認定する方向で調整しているという。

 このトルコ国籍クルド人の難民認定が叶えば、日本では初めてのこととなる。今後、トゥンチュさん家族やほかのクルド人たちも救われる可能性が出てくるかもしれない。しかし、どうなるのかはまだわからない。

 この家族が日本に残ることに、いったい何の問題があるというのだろうか。政府は長年続いているクルド人迫害問題に目を向けて、一刻も早く救済の手を差し伸べてほしい。特に、子供たちの行く末が心配だ。

文・写真/織田朝日

【織田朝日】
おだあさひ●Twitter ID:@freeasahi。外国人支援団体「編む夢企画」主宰。著書に『となりの難民――日本が認めない99%の人たちのSOS』(旬報社)、入管収容所の実態をマンガで描いた『ある日の入管』(扶桑社)

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