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“条件”をクリアした人だけが、入会を許されるお受験塾。勤務医の妻が電話をかけてみたら…

東京カレンダー

「この子のためなら、何だってしてみせる…」

公園に集う港区の母たちは、そんな呪文を心の中で唱え続ける。

そして、子どもに最高の環境を求めた結果、気づき始めるのだ。

──港区は、小学校受験では遅すぎる…、と。

これは、知られざる幼稚園受験の世界。母…いや受験に取り憑かれた“魔女”たちが織りなす、恐ろしい愛の物語である。


◆これまでのあらすじ

葉月(35)は、娘の華(1)の小学校受験をぼんやりと考えていた。しかし、ママ友2人に「それでは遅い」と言われ、幼稚園受験させることを決心し…。

▶前回:「港区は、小学校受験では遅いのよ」ママ友からの忠告に地方出身の女は…



Vol.2 異様な電話対応


「小学校受験どころか、幼稚園受験でちゅかぁ。華ちゃんまだ1歳なのに、大変でちゅねぇ〜!」

朝食を済ませた夫の大樹は、華を膝に乗せてふざけた声を上げる。

敦子さんとマリエさんに、幼稚園受験を勧められた翌日。

私は出勤前の大樹を捕まえて、相談を持ちかけていた。

敦子さんに教えてもらったお教室「ほうが会」のホームページを開き、ノートパソコンの画面を見せる。大樹の同意さえ得られれば、今日の午後にでも入会希望の連絡を入れるつもりなのだ。

大樹はチラッと一瞬パソコンの画面に目を向けたが、すぐに目線をそらし、「ガタンゴトン」と言いながら膝を揺らして、華の体を揺さぶる。

いつもなら、華との遊びを何より優先してくれる大樹に感謝するのだけれど…。

今日に限っては真剣な話し合いを馬鹿にされているような気がして、私は小さな苛立ちを感じた。

「ねえ、ちゃんと考えてる?ちょっと調べてみたんだけど、私たち、もう出遅れてるみたいなの」


公園から帰り、華を寝かしつけた昨晩。私は夜通し、お受験に関する情報を調べ続けた。

その結果、東京で…港区で子どもを育てようとしている私たち夫婦が、これまでいかに何も考えずに呑気に過ごしていたか。それが痛いほど、身に染みていたのだ。

私は、「ほうが会」のカリキュラムが掲載されたパソコンの画面を、無理やり大樹の目線へと向けて言った。

「幼稚園受験のお教室の新学期は、秋から始まるんだって。つまり“4保”はもう始まってる。私たち、幼稚園受験するならもう本番の年なの」

幼稚園受験の本番は、ほとんどが11月頭だ。そのため、人気の幼稚園は夏の間には説明会を。9月から10月の頭までには、願書の配布を終わらせる。

そして、本当に入園を熱望するのであれば、試験本番の前年度にも説明会に出席して願書を入手し、1年以上もの時間をかけて対策するらしい。

つまり、10月の半ばを過ぎている今。私たちはすでに、スタートに出遅れてしまっていたのだ。



熱弁する私の、異様な圧が伝わってしまったのだろうか。

キャッキャッと声を上げて笑っていた華は、いつのまにか「ガタンゴトン」をやめ、大樹の膝の上で静かにストローマグの麦茶を飲んでいた。

そんな華を抱きしめながら、大樹はキョトンとした顔で聞いてくる。

「たかだかちょっと出遅れたからって…。俺たち、小受の話はしてたけど、本当に幼受なんて必要なの?華ちゃんまだ1歳だよ。

そもそも、華ちゃんが小さいうちはのんびりさせてあげたいって話だったよね。俺も葉月も中受経験者だし、小受がダメだったら中受でもいいんじゃないの?」

私は大樹ののんびりとした様子を見て、小さくため息をついた。

「大樹。私も、昨日まではそう思ってた。でも調べれば調べるほど、私は幼受させてあげたい。華をのんびりさせてあげたいからこそ、そう思うの」

ダメ元の小受でいい。昨日までは、私も本当にそう思っていた。

だけど、「もし小受がダメだったら…」というケースをシミュレーションしたときに、愕然としたのだ。

港区の中学受験の過熱ぶりは、今や最高潮に達している。私たちが住んでいるここ、白金のサピックスは、小1から満室になるらしい。

小1から塾通いも、それはそれで実りのある毎日かもしれない。

だけど、幼少期をのんびりと過ごすことを本当に願うなら、何が何でも小受で私立に入れたい。

「小受のためのチャンス」である幼受に全力で取り組むのは、知れば知るほど港区では当然のプロセスだったのだ。

「それにね、今は都内は中高一貫校ばかりなの。だから、もし中受もダメで高校受験になった場合、女の子は偏差値76の慶應女子ぐらいしか…」

「いや、ごめん。分かった分かった。正直まだピンときてないけど、華ちゃんのためだもんな。幼稚園受験、うん。やってみよう」

さらに過熱する私をたしなめるように、大樹が受け入れる。

「本当?そう思ってくれる?…じゃあ早速、今日の午後にお教室へ入会申し込みしてみるね」

私は、ホッとした気持ちで出勤する大樹を見送るのだった。





午前中、近くのどんぐり児童遊園で発散させた甲斐もあってか、お昼ご飯を食べた華はすんなりとお昼寝をしてくれた。

その時を待ち望んでいた私は、華が熟睡しているのを確認し、ノートパソコンを開く。そこには今朝、大樹に見せた「ほうが会」のホームページが開いたままになっている。

『ほうが会は、45年の歴史を誇る幼児教育の専門教室です…』

そんな文言で始まるホームページは、白を基調にしていて明るい印象だ。

― 電話番号だけ教えてもらっても、雰囲気が分からないと子どもを安心しておまかせできないもんね。

そう思って昨晩ダメ元で検索をしてみたのだが、ホームページがあったことは正直、嬉しい誤算だった。

幼稚園受験という、ハードルの高い世界のことだ。もっと閉ざされた雰囲気を覚悟していたけれど、そうでもないのかもしれない。

そのことに安堵した私は、気楽に電話をかけた。


『プルルルル…』という呼び出し音が数回鳴った後、落ち着いた女性の声が聞こえた。

『はい、ほうが会でございます』

「あっ、こんにちは。ホームページを見てお電話させていただきました。4保で入会希望のものです」

優しげな声に安心して、私はそう答える。

しかし、私の言葉を聞くやいなや…。電話の向こうの女性は少し沈黙し、とりつく島もないような様子でこう言い放った。

『ホームページをご覧になって…ありがとうございます。

恐れ入りますが、4保のクラスはすでに定員に達しており、ご入会は先月で締め切らせていただきました。それでは、失礼いたします』

気がついた時には、すでにツー、ツーという通話終了音が鳴っていた。

「え…、あっ…?」

華の小さな寝息に、私の戸惑う声が重なる。

呆然としてしばらく動けなかったが、スマホが強制的に通話を終えたことでハッと我に返った。

― あぁ。やっぱり、遅過ぎたんだ…!



さまざまなお受験情報を調べたところ、ほうが会はかなりの実力をもつお教室であるようだった。

お受験掲示板などでは、「H会」「ほ○○会」などの伏字ではあるものの、明らかにほうが会と見て取れるお教室の高評価がちらほらと見て取れる。

しかし、ほうが会は小規模なお教室だからか広告は見当たらない。

そんな、知る人ぞ知るお教室をせっかく教えてもらえたのに入会できなかったショックは、想像以上に大きかった。と同時に、自分たちの動き出しがいかに遅れているかを痛感した。

― すぐに、次のお教室探しに動かなくちゃ。

押し寄せる焦りで、鼓動が速まる。私は、華の愛らしい寝顔を見て自分を奮い立たせると、もう一度パソコンの前で姿勢を正した。

― 大手のお教室なら、白金や広尾をちょっと外れればまだ空きがあるかもしれない…。

そう考えた私はすぐに、大手の幼稚園受験教室の名前を検索する。

でも、違うお教室へ問い合わせをする前に、敦子さんにだけは連絡しておこうとLINEを開いた。

せっかく教えてもらったお教室ではなく、別のお教室に入ったと事後報告されたら、いい気分はしないかもしれないと思ったからだ。

『敦子さん、ほうが会のこと教えてくれてありがとう。今電話したらもういっぱいだって言われてしまって、入れなかったの。他のところを探してみようと思います』

続けて、『ありがとう』と書いてあるスタンプを選んでいた、その時。

LINEを送って1分も経っていないというのに、スマホが敦子さんからの着信を告げた。

「もしもし、敦子さん…?」

おずおずと応答する私に、敦子さんはいつもの穏やかな声で問いかけた。

『突然ごめんなさい。ねえ、ちゃんと私の名前は出した?』

「え…?」

一体どういうことなのか理解できない私に、敦子さんは珍しく畳み掛ける。

『いいから、もう一度。和田からの紹介です、って電話してみて。がんばって!』

それだけ言うと、敦子さんからの電話は切れてしまった。私は何が何だかわからないまま、もう一度ほうが会に電話をするしかなかった。



呼び出し音が鳴る。『はい、ほうが会でございます』。さっき聞いたばかりの女性の声だ。

私は半信半疑のまま、敦子さんに言われた通りにする。

「あ…こんにちは。和田翔子ちゃんのお母様からのご紹介で、4保の入会希望なんですが…。もう、いっぱいですよね…」

無意識のうちに私は、眠りつづける華の柔らかな髪を撫でていた。自分の呑気さを再び突きつけられる惨めさに、備えたのだ。

けれど電話の向こうの女性の対応は、さっきとは180度違っていた。

『とんでもございません。まだ空いてございますよ』

「え…?」

私は、耳を疑った。よせばいいのに、思わず聞き返してしまう。

「あの、本当ですか?さきほどお電話した時には、もういっぱいって言われてしまって…」

女性の声は、まるでその笑顔が目に浮かぶかのように、華やかな優しさを湛えていた。

『あらやだ。ご紹介の方でしたら、そう言っていただけけないと。

ご紹介者様だけの特別なクラスがあるんですの。ご存じなかったのね』

ノートパソコンに何気なく目をやると、長時間操作がなかったことで光が落ち、ほうが会のホームページはグレーになっていた。

『それで…いつからいらっしゃれるかしら?明日になさる?今日でもよろしくてよ。

まずはご納得いただけるかどうかね、一度いらしていただいた方がいいかもしれないわね』

電話の向こうで、女性の声が明るく響く。

私は、自分がまったく知らない世界へと足を踏み入れ始めていることを、徐々に感じ始めていた。


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初めて「幼稚園受験教室」を訪ねることになった葉月。知られざるマナーとは


 
   

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