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【小説】「感染症で閉鎖された世の中が僕を救った」に共感する、引きこもりの少年。

幻冬舎ゴールドライフオンライン

※本記事は、大津珠実氏の小説『ぼくのカレーライス』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

ぼくのカレーライス

そう、ぼくはいわゆるひきこもりというやつだ。もう一年ぐらい家の外へ出ていない。外の世界に疲れてしまっていた。ぼくの日常のすべては部屋の窓から見える景色と、毎日のラジオ。日々移ろいゆく外の世界のことなど興味がない。どうでもいい。心の中は空っぽだ。毎日を水族館にいるクラゲのように、とらわれ何を感じるわけでも、海に戻りたいと願うわけでもなく、行くあてもなくフワフワと過ごしていた。

ぼくは都会からはほど遠い地方で暮らしている。この冬、東京で感染症が流行っているとのニュースを見た。これまでにはない新型ウイルスということもあって、その得体の知れなさと、感染力の強さを世間は危惧しているらしい。テレビの中の偉い人たちが緊迫した様子で人々に「ソーシャルディスタンスを……」と聞き慣れないワードをしきりに出して喋っているのを、ぼくの住んでいる地方には関係のないことだろうと、ぼんやり見ていた。

引きこもるようになってからというもの、自分の部屋でなんとなくラジオを一日中流すようになった。特に夕方五時からの『夕焼けポスト』というラジオ番組を聴くのは毎日の日課だった。それは毎日投稿される誰かのつぶやきを紹介する番組で、その頃のぼくにとっては外の世界を想像し、その気配を感じられる唯一の時間だった。

空がオレンジ色に染まりだし、家の近くの公園が静かになりだす時間、窓の外を眺めながら、『今日ぼくはなにをしていたんだっけ』と物思いにふけっているかのような錯覚に落ちる時間、いつものように「みなさん今日もおつかれさまです」というセリフからはじまる。今日は二十六歳会社員からの投稿だ。

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――こんにちは、二十六歳会社員、営業職をしています。僕は人と話をしたり、人の話を聞いたりするのが好きで、この仕事につきました。人と話すことでお金がもらえるなんて、僕には天職だと思っていました。でも、ある時からとても苦しいんです。僕はこれから先、人と話すことができなくなるかもしれません。

なんとなく自分と当てはまるところがあるような気がしてぼくはラジオの音量を上げた。

――にわかには信じがたいことですが、僕には特殊能力があることに気づいたんです。営業のお得意先に、いつもにこやかに僕の話を聞いてくれるおばあちゃんがいました。お宅に訪問するとお茶とおはぎをだしてくれたり、編み物が得意なおばあちゃんの手作りコースターをいただいたりしたこともあります。

その日は仕事の話が終わった後、休日にみたアクション映画の話をしていました。おばあちゃんに映画のおもしろさが伝わるようにと、身振り手振りを入れながら、おばあちゃんも楽しそうに相づちを打ってくれるので、かっこいい主人公の蹴りの真似なんかしたりして、おもしろおかしく話しました。

僕は日頃から人と話すときは、相手の目を見て話すことを大切にしていましたので、その日もおばあちゃんと向かい合って話していました。向かい合って、おばあちゃんの目の奥の奥の方まで見えた時、ふと声が聞こえました。

「佐藤くん、まだ帰らんのかしら。アクション映画なんて私にはよう分からんのに……」

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