何不自由ない生活を送っているように見える、港区のアッパー層たち。
だが、どんな恵まれた人間にも小さな不満はある。小さな諍いが火種となり、後に思いがけないトラブルを招く場合も…。
しがらみの多い彼らだからこそ、問題が複雑化し、被害も大きくなりやすいのだ。
誰しもひとつは抱えているであろう、“人には言えないトラブルの火種”を、実際の事例から見てみよう。
記事最後には弁護士からのアドバイスも掲載!
▶前回:彼の経済力をあてにして結婚した女。しかし、夫が亡くなったあと遺言状には衝撃の文言が…
Vol.9 離婚したい夫
【今回のケース】
■登場人物
・夫=寿史(35歳)大手コンサルティング会社勤務
・妻=真奈美(30歳)主婦
・夫の不倫相手=愛梨(27歳)
夫は不倫していることを、妻に知られてしまう。自分に非がある立場だが、なんとか離婚の話を進めたい。
『今から離婚の話をするところ』
寿史は、素早くLINEを送ると、スマートフォンの画面を伏せてソファの上に置く。
送信先は、不倫相手の愛梨だ。
背後では、妻の真奈美がアイランドキッチンで洗いものをしている。
「そうだ。今度の土曜日のことなんだけど…」
真奈美がセンサーに手をかざして水を止め、声をかける。
“土曜日のこと”とは、京都に住む真奈美の母親が東京に遊びに来るので、食事を一緒にする件だ。
だがその話をする前に、寿史には片付けておきたい問題があった。真奈美の言葉を遮るように、「実はさ…」と切り出す。
「ちょっと話したいことがあるんだ」
真奈美はエプロンを外し、ソファに腰をおろす。
寿史はひと呼吸おいて、話を続ける。
「最近さ、一緒にいて、なんか息苦しいというか…気が休まらないというか…」
真奈美の顔つきが次第に険しくなる。
「だから、ひとりになりたいんだ。別れたい…と思ってる」
真奈美は、黙ったまま大きな瞳で寿史をじっと見つめる。
彼女は目鼻立ちの整った、日本人離れした顔立ちの美人だ。眼光が鋭く、見つめられると気後れしてしまうことが度々あった。
「ほら、真奈美って完璧主義なところがあるじゃん。それがちょっと…」
「何よ。ハッキリ言って」
「そういうところだよ。プレッシャーを感じるんだよ」
「私のモラハラが原因って言いたいのね?」
「まあ…そういうことになるかな…」
寿史はわざと大げさに怯えたような仕草を見せる。
夫婦で会話をする際、こういう緊張感の漂うシーンがたまにあった。
真奈美にも心当たりはあるはずなので、寿史には離婚を納得させる自信があったのだが…。
「不倫してるんでしょう?」
真奈美の言葉に、寿史は一瞬たじろいだ。
「え、いや…。急に、何言ってんだよ」
唐突な追及に、返す言葉が見つからない。
寿史は、バレるはずがない…そう思っていた。
愛梨と会う際、帰りが遅くならないよう心がけていたし、休日に出かけることもなるべく避けていた。連絡も必要以上に取らないよう細心の注意を払っていた。
「たまにLINEしてるの、知ってるよ。さっきだって送ってたでしょう?見えてたよ」
寿史が振り返って距離を確認すると、アイランドキッチンまで2.5メートルほどはある。
「て、適当なこと言うなよ…」
「本当だよ。『アイリ』っていうの?女の名前」
― なんで名前まで知っているんだ?
心臓がひとつ大きく脈を打つ。
しかし、距離からしてスマートフォンの画面の文字が見えるとは考えにくい。愛梨の名を言い当てることのできた理由を探す…。
「お前まさか、俺のスマホ覗いたのか?寝ているあいだとかに…。そうだろう、汚いぞ!」
「私がそんな姑息な真似するわけないでしょう!見損なわないで」
「だって、おかしいだろう…」
「だからする訳ないって言ってるでしょう!コソコソ異性と連絡を取るような真似もね!」
寿史は劣勢に立たされ、唇を噛む。
しばらくいがみ合いを続けた後、真奈美が吐き捨てるように言った。
「血は争えないわね…」
その言葉が、寿史の胸を深くえぐる。
実は、寿史の両親は離婚しており、原因は父親の不倫にあった。外に女性を作った上に、妊娠させたのだ。
当時、まだ中学生だった寿史は、母親の憔悴しきった姿を見て、父親を強く軽蔑した。こんな大人になるものかと、心に固く誓ったのだが…。
「違う!俺と親父を一緒にするな!」
真奈美に指摘された通りであるという思いと、認めたくないという思いが交錯する。内心では葛藤であえぎ、感情のコントロールが利かずただ声を荒らげることしかできない。
「何が違うの?一緒じゃない」
「う、うるさい!!」
寿史は怯えたように狼狽える。
「私は別れるつもりはないから」
真奈美は夫に一瞥くれると無言で席を立ち、これまでのやりとりをまるで意に介していないというような、冷静な口調で言った。
「とりあえず、土曜日はよろしく」
土曜日
真奈美の母親・雅子を交え、『東京ベイ・クルージングレストラン シンフォニー』のサンセットクルーズに3人で来ている。
昼間に東京の名所をいくつか巡った後、日の出ふ頭で客船に乗り込み、先ほど出港した。
階段を上がり4階のオープンデッキに出ると、一気に視界が開け、見事な眺望が広がる。
「わぁ…!すごい景色ねぇ…」
雅子が思わず感嘆の声をもらす。
「天気もいいし、クルージング日和ですね」
寿史も欄干に掴まり、風を受けながら遠くを眺める。夕方とはいえ夏の陽はまだ高く、海面をキラキラと照らしている。
「私、ちょっとストールを取りに行ってくる」
真奈美はいったん個室に戻った。
東京湾の向こうには、高層ビルや近代的な建造物が林立し、大型コンテナ船の積み降ろし用の巨大なクレーンなども並んで、雑多ながらも都会らしい景色を作り出している。
「あれが、あなたたちのマンションかしら?」
雅子が前方を指さした。
「え、どれですか?」
「ほら、あそこよ」
方向は間違いないが、距離が遠すぎて確認できない。
「そう…ですかね。お義母さん、ずいぶん目がいいんですね」
「そうなの。家系なのよ。だからあの子もいいでしょう?」
そこでふと、寿史の脳裏に先日の真奈美とのやりとりがよみがえった。
「でも、厄介なときもあるよ。見なくていいものまで見えてしまうことがあったりしてね…」
寿史は夏の暑さを肌に感じながらも、一瞬ヒヤリと寒気を覚えた。
◆
寿史は、妻に不倫がバレ、離婚しにくい状況となってしまった。
しかし、どうしても離婚の話は進めたい。果たして、自分に非のある立場からの離婚は認められるのか。
そこで、寿史は、銀座に事務所を構える青木聡史先生のもとに相談に訪れた。
~監修弁護士青木聡史先生のコメント~
有責配偶者からの離婚請求は、基本的には認められない
結婚生活を破綻させる要因を作った配偶者を、有責配偶者といいます。
有責配偶者からの離婚請求が認められることは、裁判上、原則ありません。
例外的に認められるケースとしては、「長期の別居期間がある場合」「未成熟の子どもがいない場合」「配偶者が離婚後に過酷な状況におかれない場合」などです。
なかでも、離婚に影響を与えるのは別居期間の長さです。夫婦関係が完全に破綻しており、かつ修復の可能性も見いだせなければ、婚姻関係を継続させてもお互いに利益がないと見なされるためです。
かつての判例で「踏んだり蹴ったり判決」といわれるものがありました。
昭和27年の判決で妻以外の女性と同棲関係にある夫からの離婚請求がありましたが、もしその請求が認められれば妻にとって踏んだり蹴ったりの状況となるため、請求は棄却されました。
しかし、昭和62年の判決に、一定の要件のもとで有責配偶者からの離婚請求も許される場合があると変更されました。別居期間、未成熟子の存在、離婚後の苛酷状態などの事情が考慮されるようになったのです。
裁判が長期化すると長期の別居期間の条件を満たす可能性がある
もし、今回のケースで妻側が離婚を認めたとしましょう。
夫側に非がある場合でも、財産分与の割合には原則影響しません。特別な事情がない限りは、割合は半々となります。
しかし、慰謝料などの増額が考慮されることがあります。
また、離婚の前に、夫婦が別居したとします。
離婚を進める場合は、まず調停に入ります。
不成立となると、次に訴訟手続きに入ることになります。すると、長期間争うケースも少なくありません。
なかなか離婚に至らず数年が経過してしまうと、有責配偶者からの離婚請求を認める条件となる「長期の別居期間」を満たしてしまう可能性があります。
裁判所が、いずれ長期の別居期間を満たす可能性があると判断すると、和解の中で慰謝料などを、夫側が、妻側に寄り添う形で金額に合意し、和解が、成立する場合もあります。
今回のケースでは、夫婦に別居期間はないです。夫側がどうしても離婚したいというのであれば、相場より多くの慰謝料等を払って離婚を妻側に応じてもらえれば離婚できる可能性があります。
そうなると、妻側としては有利に交渉を進められます。そのために妻側としては、夫が有責配偶者であることを裏付ける夫の不倫に関する確たる証拠を手に入れておく必要があります。
監修:青木聡史弁護士
【プロフィール】
弁護士・税理士・社会保険労務士。弁護士法人MIA法律事務所(銀座、高崎、名古屋)代表社員。
京都大学法学部卒。企業や医療機関の顧問業務、社外役員業務の他、主に経営者や医師らの離婚事件、相続事件を多数取り扱っている。
【著書】
「弁護士のための医療法務入門」(第一法規)
「トラブル防止のための産業医実務」(公益財団法人産業医学振興財団)他、多数。
▶前回:彼の経済力をあてにして結婚した女。しかし、夫が亡くなったあと遺言状には衝撃の文言が…
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2022年7月31日