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日本企業で「新規事業」がなかなか進展しない“意外で、深刻すぎる背景”

日刊SPA!

日本企業で「新規事業」がなかなか進展しない“意外で、深刻すぎる背景”

 経営コンサルタントの中沢光昭です。企業再生をメインとしたコンサルティングを行う傍ら、経営の視点から働き方や組織論、最新のリストラ事情などについて情報発信を続けています。

◆「人生に満足している人」が減り続けている日本

 格差の広がりが言われてからもう10年ほど経つ。実際にお金の格差は広がっているが、恐らくは人生の満足度の格差も広がっているように感じます。PGF生命調べによる「人生の満足度調査」によると、人生全般に対して「満足している」という回答をした比率が6年以上にわたって全世代において転落しています。

 2015年には満足している割合が45.7%だったのに対して、2020年には32%になっています。日本の全人口1億2000万人からの割合に換算すると2000万人が満足でなくなった計算になり、恐ろしく感じます。

 これは「ほどほどに満足している」ような中間層が転落したことが推測されます。コロナ禍によって加速したこともありますが、根本的な要因があるのでしょう。

 幸せな人を見ると妬ましく思う、憎くなると感じていまうという人は昔から存在していたでしょうし、程度は別として誰しも抱きがちな感情だとは思いますが、それが昨今、厄介な感染症のように拡がっていると感じます。

◆世代を問わず、PDCAを回すのが遅い

 企業経営でも同じことですが、正しそうな施策を考えることと、それを行動に移していったんやり切ってみることは車の両輪であり、片方だけあってもダメ。ところが人生の歩み全体で見たとき、時代の流れとともにいろいろと情報に触れて考える機会が加速的に増えていく一方で、行動に移すことへの躊躇も増えていっているようです。

 筆者は20年近く前から昭和型の産業の、業績の悪い会社の経営者を仕事の中心にしてきました。

 幸い業績改善という結果を出し続けられたので仕事がなくなることはないものの、ここ5年くらいで特に感じるのが、PDCAを回すのが特に遅いことです。

 特に昭和型の産業の人たちがデジタル領域にチャレンジする際、全然手が進みません。不思議なことに中高年だけでなく、20代中盤なども同様なのです。

◆「成功への距離感」を見誤ってしまうワケ

 どうして進められないのかを聞くと、プライベートで遊んでいる分にはSNSなどいろいろなツールを使えても、会社としてやろうとなったとき、インフルエンサーだの好事例だのが世に溢れているので、「成功への距離感」を果てしなく感じてしまうことがあるようです。

 スベったときにそれがそのまま残ることへの過剰な怖さ、炎上することへの怖さ……皮肉なもので、いろいろなものをゼロリセットさせられるのがアナログと違ったデジタルの特徴でもあるように思いますが、アナログよりも傷跡が残るようになっています。

 初めてSNSを運用するのであれば、もともとないアカウントを作るわけで、今より何か下がるものもない、いざとなったら「ごめんなさい」を発信してすぐにアカウントを消してしまえばいい。よほどのことでもない限り、取り返しのつかなくなるようなことはない、そう私が投げかけてもあまり功を奏しません。

◆遅々として進まない「新しい取り組み」

 原因としては、ネットやSNSで膨大な情報が見えてしまい、隣の芝生が青く見えていることではないかと考えられます。

 筆者は停滞した会社を再建することを主な仕事にしていますが、そうした会社に共通することとして、仕事のやり方を修正することや新しい取り組みをスタートすることに慣れていないため、条件反射的に拒否反応を示すことがあります。

 たとえば、BtoCのビジネスをしているのに、WEBやSNSの改善にちっとも取り組んでいない会社というのは、なぜかたくさんあります。

 そうした会社で「やるべきなので、やりましょう」という話をすると、それまでちっとも真剣に自社のWEBやSNSについて考えてなかった担当者(担当なのに……)が、急にいろいろと調べてきて、「ここはやはりその道のプロに頼まないとダメだと思います。つきましては外注委託費●百万円は最低必要です」とか言ってきたりします。

◆「失敗する姿」を見られたくない

 それまで10点だったものをまず自分たちのちょっとした努力で30点を目指そうと言っているのに、急に100点満点をカネもない会社でカネをかけてでも目指すべきだと本気で言い返してくるわけです。

 こうした事例に遭遇した当初は単にサボりたいことを隠すために言っているのかと思いましたが、対話を進めて紐解いてみると違う構図が見えてきました。

 失敗する自分(たち)を見られたくないという意識が、筆者からするととても過剰に働いていることが多いです。

◆「キラキラした成功例」ばかりが目に入る

 ちなみにこの事例では笑い話のような会話で背中を押し、ちょっとずつPDCAを進めていきました。

「SNSをやったところでアクセス数もフォロワーが伸びると思えない。恥ずかしい。だから嫌なんです」

「そうですか。アクセス数もフォロワーが伸びないのだったら、誰にも見られてないってことなのに、どうして恥ずかしいんですか? 見られてないけど恥ずかしいってどういうことですか?」

「……そうですね」

「自分たちで20点目指しましょう。でないと『その道のプロ』がなんぼのもんか差がわからないですよ。大丈夫、20点にも満たないときは誰にも見られてないから恥ずかしいはずないですよ」

 ネットやSNSによる情報収集の、その情報源があまりにも極端なキラキラした成功例の割合が多いことで起因していると捉えています。成功者はやはり承認欲求のもと披露したいので、ネットやSNSに情報を流します。一方で、失敗者が冷静にその理由を分析して載せることはなかなかないでしょう。

◆いきなり100点を目指すから手が止まる

 仕上がりの姿だけ見るので、そこに至る過程の地味な努力は端折られています。だから、今日明日の果実を欲しがりすぎになります。何かをするとき、いきなり100点が得られるものだと考え、それを「一瞬だけ」目指してしまいます。

 ところが具体的にその直後から何か始めようと思うと、「あれ? まず何するんだ?」「うわ、(100点まで)遠いなあ」となって、手が動きません。

 そうして寝ている間に、ウサギと亀のように20点、30点を目指して行動してきた人に抜かれていってしまいます。

◆「効率」ばかりに焦点が当たることの問題点

 また、SNSなどにアップされる成功例の話題は「効率」に焦点が当たることが多いように感じます。そこには「効果(額)」が抜けてしまいがちです。

 たとえるならば、「1か月で100万円儲かる(かもしれない)」ということを情報収集して研究して考えて、ちょっとだけやってみて失敗しそうになってやめて、1年経って何も得られてない人がいる一方で、「面倒だけど1か月に(確実に)5万円儲かる」を進めて、「1年続けて60万円を得て、翌年は月6万円にして年72万になる」ということのよさが置き去りになる風潮です。

 ほかの例では「気の利いた会話ができないし、人間関係が苦手」という人も多いと思います。筆者もその一人でした。

 ただ、こっそり本をたくさん読みながら、そんなに親密にはならないであろう人と話す場で思うがままに何も気にせず話し、スベって肌寒い思いをたくさん重ねることでちょっとずつ相手に応じた会話を身に着け、仕事上はギリギリ通用するかであろう人間関係を作る術を身に着けてきました。

 いきなりシャンパンがかちゃーんとするようなキラキラパーティに行って気の利いた会話ができるわけではありません。仕事以外ですと、今も相変わらず会話が苦手なままです。

◆「まあ明日でいいか」を減らしていく

 もちろん何かをするときに情報収集して分析することはとても大事です。だけど、最終ゴールイメージだけ見て足元との距離を感じて立ち止まることが、結果的に何も得られない要因になります。

 遠いゴールを目指して足元の一歩をやってもだいたいはうまくいかないけど、またやり直せばいいやという鈍感力のアリ/ナシが、格差の下から上に這い上がっていくひとつの要因になるでしょう。

「あと1アクション」をする気力体力、プラスαの積み重ねが結果を分けます。

 嫌味な上司などなんとなく会話したくない相手に電話する・メールを書く、今日中にかけたり送ったりした方がいいとはわかっていながらも、なんやかんやと理由を付けて「まあ明日でいいか」として、疲れた「ことにして」寝る。

 たとえば、そんな日があったとしたら、そんな日をまず減らしていくことです。会社員ならば出世の道の近道はそんなところにあるのかもしれません。

◆「目先のちょっとした面倒」から逃げない

 筆者は会社員をしていた頃から勤務先に内緒で自分の法人を作っていました。ところが「法人を作っておこうかな」と思ってから作るまでに1年くらいかかっています。

 理由は単純で「なんか役所とか行くの面倒くさいな。そもそもどこに行って何を用意するんだろ?」と思うだけで止まっていたことでした。

 つまるところそこまでモチベーションが高くなかったということですが、1人2役も3役も担って働くという筆者にとってのキラキラ姿にぼんやりあこがれるだけで、目先のちょっとした面倒を超えられずに行動できませんでした。

 動いたきっかけは偶然、久しぶりに会った学生時代の友人が司法書士になっていて、「法人ってどうやって作るの?」「じゃあやってやるよ」と会話したからです。作ってからの物事の動きを振り返ると「なぜもっと早くやっておかなかったんだ」と後悔してしまいました。

◆言外に「俺はもっとすごい」にコメントされても…

 先日、ある媒体で筆者が個人で会社を買った際のエピソード(会社員をしながらこっそりと大赤字で債務超過で別業態の2つの会社、二束三文で買い取って、運転資金は自分のお金を貸し込んでつないで、半年後に黒字化させて3年後に合計2000万円以上で売却)を紹介したところ、コメントがちょっとした炎上をしていました。

 ほとんどが「自慢だ」「偽善だ」「かっこつけてる」とか、言外に「俺はもっとすごい」とか、そんなコメント。その多くは本文もロクに読まずに批判していると推測されるものでした。

「なんでそんなことをしていたか?」という質問に対する回答は「作ってる商品が好きだったから」「自分の力を試したかったから」という本音を話していたのですが、それも軽薄だといった批判を浴びていました。理由は何であっても雇用を維持できたり、創業者の個人保証が実行されることを回避できたことは棚に上げられて……。

◆コメントはする側ではなくて、「される側」にいる

 心にダメージが出そうではありましたが、どんな誤解を受けようとも次からの反省として生かし、コメントはする側ではなくてされる側にい続けたいと思うようにはしています。もし同じような機会がまた訪れたら、ちょっと疲れる行動ではありますが、それでもチャレンジするでしょう。

 ネットやSNSの世界は、別世界ではありませんが、編集済みの番組みたいなものだと軽く捉えて、自分自身の地道な経験を少しずつ重ねていくことが、辛くもあり楽しくもある道なのかと改めて思います。

 SNSの向こうでキラキラしている時間を過ごしているように見える人は、自分のことを見てせせら笑っているわけでもなく、何にも見ていません。恥ずかしいとか考えずに、とにかく行動したり会話したりてみたりすることが幸せ度数を上げていく、最終的には最も効率のいい道だったりするのです。

【中沢光昭】
株式会社リヴァイタライゼーション代表。経営コンサルタント。東京大学大学院修了後、投資会社、経営コンサルティング会社で企業再生などに従事したのち、独立。現在も企業再生をメインとした経営コンサルティングを行う。著書に『好景気だからあなたはクビになる!』(扶桑社)などがある

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