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「小学校受験では、遅いのよ」ママ友からの忠告に地方出身の女は…

東京カレンダー

「この子のためなら、何だってしてみせる…」

公園に集う港区の母たちは、そんな呪文を心の中で唱え続ける。

そして、子どもに最高の環境を求めた結果、気づき始めるのだ。

──港区は、小学校受験では遅すぎる…、と。

これは、知られざる幼稚園受験の世界。母…いや受験に取り憑かれた“魔女”たちが織りなす、恐ろしい愛の物語である。



Vol.1 新米ママ・葉月(35)の決断


「やだ。魔女のコスプレかと思ったら、あれお受験ワンピね」

「本当だ。こうして混ざってると、一瞬魔女の格好に見えなくもないかも」

マリエさんと敦子さんが、そんなことを言いながら笑いあう。

10月。有栖川公園の広場では、近隣のインターナショナルスクールの親子たちが、思い思いのハロウィーンコスチュームで集まっていた。

その合間を、険しい顔をした紺スーツの母親が足早に通り抜けていく。確かに一瞬、魔女と見間違えてしまいそうだった。

「小学校受験のお教室、この辺は多いみたいだもんね。この子たちが今1歳だから、私たちも、5年後にはあんなスーツを着るのかなぁ」

私は呑気にそうつぶやいた。本当に、何気ない一言だった。

けれどその途端、マリエさんがギョッとした様子で身を乗り出す。

「えっ?葉月さん、ちょっと待って。5年後って…。小受は考えてるのに、幼稚園受験は考えてないってこと?」

「え…?いや、まだ何も。だってまだ、1歳だよ?

あっ、ふたりの子どもは9月生まれだから、もう2歳か。でも、うちの子なんて早生まれだから、同学年とはいえまだまだ赤ちゃんだし…」

私は戸惑いながら敦子さんに視線を送ったけれど、敦子さんも、目を細めながらマリエさんに同調する。

「そうね、葉月さん。でも港区は…、小学校受験からじゃ遅いかも」

木漏れ日が、敦子さんとマリエさんの真っ白なブラウスの上で、キラキラと輝いていた。

― 白い服を着た魔女も、いるのかな。

その時、私の頭の中にはなぜだか、そんな脈絡のない疑問が浮かんだのだった。


敦子さんとマリエさんとママ友になったのは、約1年半前。

私の一人娘・華が生後3ヶ月になった時に、産後の孤独を紛らわせるために通い始めた知育教室・ベビーカレッジ広尾校での出会いだった。

敦子さんのところの翔子ちゃん。

マリエさんのところのエミリちゃん。

それから私、葉月とうちの華。

少人数制で、同じクラスにはこの3人だけ。

たった3人のクラスということで仲良くなった私たちは、それ以来こうしてしょっちゅう、ベビーカレッジの後に有栖川公園で子どもたちを遊ばせている。



いつもなら、ナショナル麻布でおやつを買って、他愛もない話をして過ごす穏やかな時間。

だけど、この日は違った。

マリエさんが、寂しそうな顔で私に言う。

「葉月さん、実はね。エミリ、翔子ちゃんと一緒に、来週でベビーカレッジ辞めることになったの」

「えっ、そうなの?」

驚く私に、敦子さんも残念そうに眉を下げる。

「実はね。うちとマリエさん、幼稚園お受験塾がたまたま一緒なの。翔子はもう、生まれた時からお世話になっているんだけれど…。エミリちゃんは先月からご入会されたのよね」

「そうなの、偶然」と、横でマリエさんがうなずいている。敦子さんは言葉を続けた。

「それでね。もう11月からは、4保のカリキュラムが始まるじゃない?その4保クラスの曜日が、ちょうどベビーカレッジと同じ時間に被ってしまうのよ。

だから、残念だけど、ベビーカレッジは卒業ということになってしまって」

そう言って敦子さんは、寂しそうな表情を浮かべる。けれど私は、別れを惜しむよりも先に、耳慣れない言葉を確認したかった。

「ねえ?“よんほ”…って何?」

「4保っていうのは、3年保育の幼稚園に入る1年前の年齢ってこと!つまり、幼稚園受験をする学年のことを、便宜的に4保って呼ぶの。

ちょっとぉ〜、葉月さん本当に何にも知らないみたいだけど、大丈夫?心配になってきちゃったよ!」

ざっくばらんな物言いで、マリエさんが説明してくれる。

マリエさんは、私より5つ年上の40歳。元地方局のアナウンサーという輝かしい経歴を持っているのに、誰にでも気取ることなくフレンドリーな人だ。

一方の敦子さんは、33歳。ご実家は老舗のお菓子屋さんで、旦那様は商社マンだけれど、幼稚舎出身で有名な政治家一族だったはず。

年下ながら私たちの中で一番しっかりしていて、いつでもニコニコと笑顔を絶やさない敦子さんだが、この時ばかりは心の底から心配そうな顔で私に問いかける。

「葉月さん。本当に、華ちゃんの小学校受験は考えてるのよね?

たしか葉月さんもご主人様も、大学は慶應のご出身でいらっしゃったと思うけど…。幼稚舎は受けないの?」

敦子さんからの問いに、私は思わず固まった。というのも、あまりにも話題がタイムリーだったから。

ちょうど昨晩、私と夫の大樹は、華のお受験について話したばかりだったのだ。





「華ちゃんは将来なにになるのかな〜?女優さんかな〜?それとも社長さんかな〜?」

「あら、お医者さんって言わないのね?」

華に向かって甘い声を出す大樹を茶化すと、大樹は優しい顔で言った。

「そんなの全然いいよ。俺、ただの勤務医だし。親もサラリーマンで継ぐものもないし。華ちゃんにはただただ、のんびり幸せに過ごしてほしいよ。

あ、でもさ…」


「俺も葉月も、中学校受験も大学受験も大変だったじゃない?華ちゃんは小学校受験させて、一貫校でのんびりさせてあげるのなんてどうかな?」

「小受かぁ。でもきっと大変だよね?私、華が4歳になったら仕事復帰しようと思ってるけど大丈夫かな?」

「いや、分かんないけどさ。まだ1歳だし、ゆっくり考えようよ。まあ、そりゃ幼稚舎に入れたら一番いいけど。どうにかなんないかなぁ」



その時の大樹とのやりとりを、私は敦子さんとマリエさんに話した。

「って感じでね。確かに私も主人も慶應だけど、お互い大学から医学部と看護で、それまでは福岡と群馬の地方進学校出身だから。

幼稚舎は受けるかもしれないけど、記念受験かなぁ。

あとは華がもう少し大きくなってきてから、性格に合わせて志望校を考えようと思ってたの。敦子さんの聖心とか、マリエさんの青学も憧れるよ〜」

ヘラヘラと笑う私とは対照的に、2人の表情は険しくなるばかりだ。

「ねえ?だったらやっぱり、幼稚園受験は必須じゃない?幼稚舎に受かる子のほとんどが、いわゆる名門幼稚園の出身だよ。

それに、青学を受けるなら落ちる前提でも付属幼稚園を受けておいた方がいいし、聖心受けるならキリスト教の幼稚園に入れておかないと。

みんなそうやって、今のうちからチャンスを増やそうとしてるんだよ」

群馬のご近所保育園でボンヤリとした幼少期を過ごしていた私にとっては、全く理解不能な内容だ。

けれど、身を乗り出してそう熱弁するマリエさんは、とても冗談を言っているようには見えない。

そして、そんなマリエさんに続いて敦子さんがつぶやいたセリフは、意外にも私の心にスッと届くものだった。

「ご家庭それぞれの考えがあるから、絶対ってわけじゃないけど…。でも、こうは思わないかな?

幼稚園受験って、小学校受験するための大きなチャンスなの。それなのに、全力を尽くしてあげなくていいの?…華ちゃんのために」



華のため。

子どものため。

そんなふうに考えたことのない母親が、この日本に…東京に…港区に、1人だっているだろうか?

芝浦の愛育病院で初めて華をこの手に抱いた、2月の明け方。あれから私は毎日、何度だって繰り返し思っている。

この子のためなら、なんだってできる…と。

だからこそ、天職だと思っている看護師の職だって、こうして一旦辞めまでしたのだ。

足元でどんぐりを拾っていた華は、いつの間にか少し離れた場所まで遠ざかっていた。

私の目線を感じるや否やすぐに、祥子ちゃんとエミリちゃんと一緒にこちらへ駆け寄ってきて、ポケットにいっぱい拾い集めたどんぐりや木の実を見せてくれる。

「ままー、どんぐい!はなちゃんがひよったの」

そう言って私を見上げる華のくしゃっとした笑顔は、口元から小さな真珠のような乳歯がのぞき、本当に天使のように可愛らしい。



耳元で、もう一度敦子さんの声が聞こえた気がした。

『全力を尽くしてあげなくていいの?…華ちゃんのために』

気がつけば私の口からは、自分でも意外な言葉がこぼれ落ちていた。

「幼稚園受験、した方がいいのかな…」

自分自身に問いかけるような、小さな小さな声だったはずだけれど、敦子さんとマリエさんは真剣な顔で深くうなずいている。

「良かったら、あたってみて。私たちが行くお教室」

そう敦子さんが言うのと同時に、LINEメッセージが届く。

メッセージには、「ほうが会」というお教室の名前とともに、固定電話の番号が記載されていた。

「ありがとう」と言いながら顔を上げた私に、敦子さんがもう一度言った。

まるで、何かの呪文のように。

「港区は、小学校受験からじゃ遅いの。子どものために、お互いがんばりましょう」

それが“幼稚園受験”という、常識外の異世界へと誘う呪文であることを…。

この時の私はまだ、全く理解していなかった。



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