給与所得者に限っていえば、年収8ケタを超える女性の給与所得者は1%ほど。(「令和2年分 民間給与実態統計調査」より)
彼女たちは仕事で大きなプレッシャーと戦いながらも、超高年収を稼ぐために努力を欠かすことはない。
だが、彼女たちもまた“女性としての悩み”を抱えながら、日々の生活を送っているのだ。
稼ぐ強さを持つ女性ゆえの悩みを、紐解いていこう――。
▶前回:「彼女、仕事取るために寝るらしいよ」同僚に言われた心無い言葉に、年収1,800万の美人営業は…
File7. 有希子、年収2,300万円。高年収が幸せを遠ざける?
「搭乗開始までまだ時間があるから、ラウンジで少しゆっくりしようかな」
こうつぶやくと、有希子は財布からAMEXのプラチナカードを取り出して羽田空港のラウンジに入った。
毎週水・木で1泊の出張がある有希子。出張のフライト前には、空港のラウンジでひと休みしたり、時には論文を書いたりすることが彼女のルーティンだ。
今日の有希子は、KASHIYAMAでオーダーしたスーツに身を包んでいる。移動とはいえ仕事柄、きちんとした身なりを心がけているのだ。
― 私って、傍から見たら優雅で何の悩みもないように見えるのかしら…。
有希子はラウンジの席について右手薬指の指輪に目をやりながら、こう思った。
◆
開業医の裕福な家に生まれ育ち、十分な教育を受けてきた有希子。
父のみならず、祖父や親戚にも医師が多い家系に生まれた有希子は、女子といえども医者以外の道は許されなかった。
そして、周りが医師という職業の人ばかりなので、自ずと“年収8ケタ”を当たり前とする人たちに囲まれて生きてきた。それゆえ、有希子自身も年収8ケタになるものだと信じて疑わなかった。
県立トップの女子高を卒業後、上京して東京女子医大に進学した有希子。
その後は大学病院勤務を経て、皮膚科医としていくつかのクリニックを掛け持ちして働いている。
皮膚科医ということから、美容雑誌の取材を受けることもしばしば。そして、売れっ子の皮膚科医でありながらも、学会の研究をおろそかにすることはない。発表する論文の評価はいずれも高く、有希子は確実に活躍の幅を広げていた。
そんな有希子の年収は、2,300万円。女性が1人で生きていくには十分すぎる年収だ。
医師という仕事を持ち、2,000万円を超える年収を得る有希子。そして、プライベートでは生活をともにする彼氏にも恵まれている。
しかし、有希子の悩みのタネは、この彼氏の存在だった…。
有希子は、3歳下の健太と2年前から港区三田で同棲している。
「ねぇ、そろそろ一緒に暮らさない?」
こう最初に同棲を提案したのは健太だった。そして、三田という場所を健太が選んだのも、仕事や学会で出張がしばしばある有希子を気遣ってのことだった。
― 健太は、私との結婚を考えてくれているのだわ…!
同棲の提案を聞いたとき、有希子はこう信じて疑わず、もちろんすぐにその提案に乗った。
しかし、同棲を開始した当初こそは健太の気遣いもあったが、そんな緊張感も長くは続かない。家事も何でもそつなくこなせる有希子をいいことに、健太はまるで有希子を家政婦のように扱うようになっていく。
「同棲は、結婚に向けた準備に違いない!」という有希子の期待は見事に裏切られ、気がつけば2人には倦怠期が訪れていた。
「ねぇ、そろそろマンションの更新時期じゃなかったっけ?」
「あぁ、俺がもう更新手続きしておいたよ」
「えっ…!?あぁ、そう…」
賃貸マンションの更新時期を控え、入籍に向けた何かしらの変化を有希子は期待していた。
しかし、有希子には何の相談もなく、健太が勝手にマンションの更新をしてしまっていたのだった。そして、悶々とする有希子に追い打ちをかけるように、実家の両親からはLINEや電話が頻繁にくるようになる。
「ねぇ、そろそろ結婚は?出産する年齢も考えないとダメよ?」
「お父さんのツテでお見合い相手はいくらでも探せるのだから、真面目に結婚のことを考えなさい」
― あぁ、もううるさいなぁ…!
有希子の事情など知りもしない実家の両親は「結婚を」「跡継ぎを」と、頻繁に連絡しては有希子を焦らせる。そして有希子自身も、健太と結婚するタイミングを完全に逸してしまい、八方塞がりになっていた。
外資系企業に勤める健太は、30歳にして年収は1,500万円ほど。一般的には、高年収と言える。
とはいえ、有希子のそれには遠く及ばない。
年下とはいえ男のプライドを傷つけないよう、年収差には触れないのが2人の暗黙の了解となっていた。
暮らしにかかるお金も、マンションの家賃こそ健太が払っているが、水道光熱費や食費などの生活費はすべて有希子が負担している。
それだけではない。新車購入や、趣味のゴルフの会員権を購入したいと健太が援助を求めてきたときには、できる限り応じてきた。
有希子がそれだけ尽くしているのは、「健太は自分のことを愛してくれているはず」という気持ちがあったからに他ならない。
しかし、そんな矢先。有希子は健太の“ある変化”に気づいてしまうのだった…。
それは、有希子が出張から帰った日のこと。
羽田空港からタクシーで帰宅した有希子は、スーツから部屋着に着替えようとクローゼットのある寝室に向かった。
― あれ?何かしら、この香り…。
寝室に漂っていたのは、明らかに女性用の香水の残り香だった。有希子は職業柄、香水はつけない。健太が愛用する香水とも違う。
― えっ…。どういうこと…?
心臓がドキンとするのを、有希子は感じた。その矢先、ベッドの下に“あるもの”を見つけた。
「こ、これは…!?」
見つけたのは、ピアスのキャッチだった。
これまで健太の浮気を疑うことは何度かあったが、直視したくない気持ちもあり見逃してきた。しかし、女性用の香水とピアスのキャッチは、明らかに“黒”という証拠だ。
― もう無理…。限界かも…。
そう思った有希子は、健太が帰るなりこう問いただした。
「ねぇ、これは何?」
「え?何それ?俺は知らないよ。ただのゴミじゃないの?」
きっと動揺するに違いないと思っていたのに、見事にしらばっくれる健太の姿を見て、有希子の怒りは高まっていく。
「ねぇ健太…。私のこと、どう思っているの?」
悔しさと悲しさと怒りで有希子は涙声になっていたが、そんなことには構わず健太は答えた。
「え?どうしてそんなこと聞くの?好きだよ」
有希子を見つめる健太だが、その目の中にある冷たさに気がついてしまった有希子は、こう口走ってしまった。
「じゃあ、どうしてこれからのこと…結婚のことを、考えてくれないの!?」
しかし、この問いには答えず、健太はこう言った。
「ねぇ、今日はどうしたの?有希子らしくないよ」
薄ら笑いを浮かべながら話す健太は、相変わらず余裕の態度だ。その態度に有希子の怒りは頂点に達した。
「ねぇ健太。私たち結婚しないなら…もう別れよう!」
有希子は、出張で使ったばかりのスーツケースに着替えや必要なものを突っ込んでマンションを飛び出た。
マンションを出たものの行く当てはなく、とりあえずビジネスホテルに泊まることにした有希子。
― きっと、健太は心配して連絡してくるはず…。
だが、いくら待てども有希子のスマホに健太から連絡が来ることはない。自分からケンカを仕掛けて家を出たにもかかわらずこの有様だ。
次第に、有希子は自分が情けなくなってきた。
― 私が許せば、見逃せばよかったのかな…。
有希子は、健太とのケンカを後悔し始めていたのだった。
◆
翌日。
通常通り出勤したが、勤務後に帰っても一緒にご飯を食べる相手もいない。有希子は、同僚を2人誘って飲みに行くことにした。
「有希子先生、いつもは『彼にご飯作らなきゃ』って急いで帰っていたけれど、今日は帰らなくていいの?」
心配そうな表情で聞いてきたのは1年先輩の美香だ。仕事でも信頼のおける彼女に、有希子はつい昨日の出来事を話してしまった。
話していくうちに、有希子の目には涙が溢れてくる。その様子を見つめる美香の目は、優しさに満ちていた。
話を聞き終えた美香は、有希子の目を見て言った。
「有希子先生…それで幸せなの?人の彼氏のことを悪く言って申し訳ないけれど、そんなヒモ男いらないじゃない。
あなたは、自分で稼ぐし家事もできるし優しいし、もっといい人はいくらでもいるよ。それにまだ33歳なのに、自分を安売りしちゃだめだって!」
涙がこぼれる有希子の様子を見て、美香は言った。
「いいんだよ、泣いて。ずっと我慢してきたんでしょう」
そして、さらに美香は続けた。
「私たちって医者という職業柄それなりに稼ぐけれど、『それだけじゃダメ、女としても幸せでいなければ』って、どうしても考えるよね。
それはわかるよ。でも、その彼である必要はある?有希子先生、その彼と一緒にいて幸せって言える?」
美香の言葉は、有希子の気持ちをまさに代弁していた。
女はいくら稼いでも、稼ぐだけでは評価されない。
結婚していないと、子どもがいないと…。結婚していないなら、せめて恋人がいないと…。どうして、世間は女に多くを求めるのだろう。
美香の言葉に、有希子はもう泣くしかなかった。そして、思い切り泣いた後は、近頃感じていなかった安らぎを感じていた。
― 私を縛っていたのは健太じゃない。私自身だったんだ。もう健太とは別れて、私は私の幸せをつかもう。
こう気がついた有希子は、もう迷わないと心に決めたのだった。
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